ゴビ砂漠マラソンレポート(ETAP4-6)

【ETAP-4・56.88km】

前日同様、8時に6位以下のスタートを見送り、9時から走り始める。 
疲労が蓄積する4日目にして最長の57kmだ。 
コースは緩やかな下り基調で、僕にはありがたかった。 

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スタート前にぎんちゃんがマイケルジャクソンの音楽に合わせてロボットダンスを披露した。 
前日、倒れ込みながらゴールしており、疲れが残っているのは間違いないはずだが、彼らは常にエンジョイを忘れない。 
この姿勢は本当に素晴らしかった。 
 
走り始めは毎日身体が重く、先頭に付いて行くのがやっとで、10kmくらいから楽になることが多かったけれど、この日は朝から涼しい風が吹いて、気持ちよく身体が動いた。 
気分が乗っている時に距離を稼ぎたいと思い、A-2の補給をシュッと済ませ「風が気持ちいいので先に行きます!」と飛び出した。 
この日は昨日の苦しさが不思議なくらい、身体が楽に動いてくれて、A-4(24km)過ぎまでキロ6分前後のペースで気持ちよく先頭を走った。 
 
しかし、徐々に気持ちよさは減退し、身体の動きは鈍くなる。 
杉ちゃん、鵜飼さん、丸ちゃんの3人は「今日は飛ばすね」とか言いながら、少し後ろを追走していて、ぎんちゃんと修造に追い付いた後、彼らとしばらく談笑して、さらにペースを上げた。 
僕はもうそのペースには付いて行けず、少しペースダウンして走り続けた。 
その後はずっと一人旅だったが、ガタさんがいつ追い付いて来るか判らないプレッシャーに押されながら走った。 
 
A-6(36km)に付いた時、先頭3人との差を確認すると10分以上あった。 
かなりペースを上げてるなと感心したが、次のA-7(42km)では30分以上の差が付いた。 
たった6kmで20分近く差が広がっている。 
僕はキロ7分くらいで走っていたはずなので、キロ4分台で走らなければこの差は生まれない。 
先頭では壮絶なバトルが繰り広げられていることが判った。 
 
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そのまま我慢のランを続け、やっとゴールに飛び込んだ。 
タイムは7km長いにも関わらず前日と数分しか違わない。 
この日の調子が良かったということだが、別次元のバトルを繰り広げ、出迎えてくれた3人の結果が知りたくて「誰が勝ったの!?」と訊くと、丸ちゃんが手を挙げ「やれば出来るコ!」と言うではないか。 
しかも2位は鵜飼さんで、ここまで総合トップの杉ちゃんが3位。 
ついに丸ちゃんが本領発揮し始めた。 
最終的に僕はトップから50分ほど差を付けられた。 
 
僕はこの日、ずっと尿意があるのに全然出なかったので、そのことを丸ちゃんに相談すると「単なる脱水だよ。この気候だと意識して気をつけてないと」とのことだった。 
そのため、自分のテントを設営した後は椅子に座ってまったりしながら、ずっと塩味ミルクティーなどのインスタントドリンクを飲み続けた。 
何杯飲んだのだろう? 
これほど飲めてしまえるということは、結構ヤバイ状態だったのかも?と思いながら飲み続けていたら、夜になってやっと出てくれた。 
 
この日は距離が長かったこともあり、選手のゴールは遅かった。 
ガタさんは絶不調だったようで、僕から遅れること75分。 
ぎんちゃん、修造と一緒に帰って来た。 
最後の選手は22時過ぎ。 
僕はテントの中でウトウトしていたが、その時間からテントを設営し、晩ご飯を食べ、速攻で眠っても朝6時過ぎには起きて、片付けて、またスタートするのだと思うと、他人事ながら吐き気がした。 
コース上でゆっくりしていたら、相対的にビバークで身体を休める時間はなくなる。 
これがステージレースなのだ。 
 
4日目を終えて、3位の丸ちゃんとは90分の差が付いていたし、後半で調子を上げている彼に追い付くのは無理と諦めた。 
5位のガタさんには残り2日で60分以上のアドバンテージを得たので、この時点では勝てそうだと考えた。 
これが僕の甘っちょろいところで、この先、ステージレースの怖さを思い知ることになる。 

【ETAP-5・41.27km】

この日も9時にスタートし、1時間前にスタートした選手を一人一人抜いて行く。 スタートしてしばらくするとデューンの中を走ることになる。きめ細かいサラサラの砂で、ちょっとした登りも蟻地獄。サハラ砂漠マラソンはこういう場所が多いのだと教えてもらった。
僕はここで砂を採取。特に綺麗な砂が溜まっている場所でジップロックに砂を詰めた。ランナー仲間たちへお土産にするためだ。
しかし先頭集団に遅れたくなくて、急いで作業したためボトルを落としてしまっていた。気付かずにそのまましばらく進み、気付いてから取りに戻ったので、その後はかなり力を使って先頭に追い付いた。
ちょうどそこでぎんちゃん、修造、モンゴルの速いおばちゃんの3人に追い付き、オフィシャルのカメラマンに記念撮影してもらった。
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そしてモンゴルのおばちゃんが近くにあった遊牧民のゲルに勝手に入って行き、手招きをするではないか。勝手に人の家に入るのはダメでしょ?と思いつつ、遊牧民の社会ではそれが普通という話も聞いていたのでお邪魔してみる。するとおばちゃんは家の中に置いてあった馬乳酒を器に注ぎ、ゴクゴクと飲むではないか!
そして僕たちにも飲めと器を差し出してくる。杉ちゃんが「絶対ヤバい!」と叫んだが、僕は好奇心が先に立ち、少しだけ口にした。アルコールが入ると走りにくいので、ごくりと飲まない程度。味は酸味がとても強く、甘くない飲むヨーグルトのような味わい。カルピスっぽいニュアンスも確かに感じる。カルピスとは馬乳酒を手本に生まれたものらしい。
杉ちゃんの言うヤバいというのは、乳酸菌が多すぎて、初めて飲む人はお腹を下すことが多いため。彼は飲んだら100%アウトらしい。僕はほんの僅かだったので、幸いお腹を壊すことはなかった。
それからしばらくすると再び丸ちゃんが前に出てくる。杉ちゃんと鵜飼さんが追いかけ、いつもの展開になった。ガタさんも彼らを追走していたが、A-3(18km)で僕が追い付き、彼はもう少しゆっくりして行くと言うので先に進んだ。
その後は一人旅で、強い風に悩まされながら淡々と走り続けた。そして35km過ぎ、残り7kmくらいだったろうか、ポツポツと雨が落ち始め、それはすぐに大粒の雨になった。ウインドブレーカーを羽織ったが、一気に気温が下がり始め、冷たい雨が身体を冷す。そこへ午後から吹き続けている強風が重なって、命の危険を感じるほどの寒さになった。
砂漠なので全く遮蔽物がなく、雨宿りするような木もない。吹き曝しの大地を、身体を冷さないよう走り続けることしかできなかった。走って発熱しても、凄い勢いで体温を奪われる。脚を止めたら低体温で倒れるという恐怖心で走り続けた。
そして残り5kmのエイドに飛び込んで避難。熱いミルクティを出してもらう。雨と風を防いでくれるテントの中で少し落ち着いていると、もの凄い勢いでガタさんが走って来た。お疲れ!温かいミルクティがあるよ!とテントの中から声をかけたが「俺は止まらず行く!」と叫んでそのまま駆け抜けてしまった。
いくらアドバンテージがあるとはいえ、こんなところで暢気に茶を飲んでる場合じゃなかったと気付き、ガタさんを追走したが、たった5kmで5分以上の差をつけられてしまった。それにしても激走だなと思ったら、ガタさんは雨具を持って走っていなくて、Tシャツ一枚だったらしい。そのため僕以上に命の危険を感じ、あのペースで走らないと奪われる体温が発熱を上回ってしまいそうだったらしい。
僕も残り5kmなんだからエイドに寄るべきではなかった。そのまま走り抜けるべきだったと後悔したが、それが自分自身に対する甘さだ。上位3人はゴールの手前で降り始めたので、当然そのままゴールしたとのことだった。自分の甘さを痛感した一日だった。
ゴールしてしばらくすると雨が小降りになったので、その隙にテントを設営し、身体を休める。最初はダウンジャケットを着て横になっていたが、雨が激しさを増し、寒くなったので寝袋に入る。しかしそれでも凍えるほどで、僕は不安になって運営側のテントに向かった。まだゴールしていない人を確認すると4人いるとのことで、大丈夫なの?と確認すると、車で状況を確認しに行き、本人たちが大丈夫と言っているとのことだった。
しかしダウンジャケットと寝袋を重ねても寝られないくらい寒いのだ。低体温で動けなくなったら本気で命が危ない。
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しばらくテントの中で選手を待っていたら、身体にゴミ袋を巻きつけたモンゴル人選手たちが戻ってきた。ゴミ袋が雨具かよと絶句したが、何よりも彼らが平気そうなのに驚いた。雨が大変だったとジェスチャーするものの、そこまで深刻さを感じさせない。コットンウエアの人もいるので、僕より遥かに過酷だったはずだ。それで比較的平然としているのだから、過酷なさに対する耐性が違うと思った。彼らは本当に強かった。
この日は最後の夜ということもあり、運営スタッフが近所の遊牧民からヤギを買い、ヤギスープ(=バンタン)とヤギ肉の石焼き(=ボードグ)を作ってくれた。まだ体温が残っているほどフレッシュな肉で、肉が取れる部分は適当に刻んで水で煮る。ヤギ肉以外はタマネギが入っているだけで、味付けは塩のみ。もの凄くシンプルなスープだ。
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石焼きは肋骨とか様々な部分がゴツゴツ入っている。骨についた肉を齧り取るようにして食べるものらしい。暗くてよく判らないので適当に取ると丸くて黒い部位があった。これは何だろう?と訝っていると、ヤギを売ってくれた遊牧民が肝臓だと教えてくれた。
ヤギのレバーなんて食べられる機会は滅多にないので、喜んで食べる。感じとしては豚に近いが、癖はもっとずっと弱くて、健康的な味わいだった。骨の部分は正直食べにくいが、モンゴル人選手は骨がピカピカになるほど綺麗に食べていた。また旨い部位は彼らが真っ先に食べてしまったとのこと。食べ方を知っているんだなと感心した。
そして僕がモンゴル滞在中、最も感動したのがヤギスープ。塩しか入っていないのにハーブの香りがして、濃厚な肉の旨味がしっかり出ている。これをご飯にぶっかけ、雑炊にして食べると最高に旨かった。
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何て旨いんだ!と立て続けにおかわりしたほど。冷たい雨が降り続いていたこともあり、食べた後はしばらく身体の中が温かかった。ヤギ肉には身体を温める効果があるように感じた。
香草の匂いは羊肉でも共通。ローズマリーに近いけれど、もう少し癖がある感じ。僕は今回食べなかったが、牛肉でも同じ匂いがあるらしい。モンゴルの草はとても香りが強いので、その影響なのだろう。ヤギスープは翌朝も少し残っていたので、僕は迷わず朝から同じ料理を食べた。

【ETAP-6・23.305km】 

振り続けた強い雨がやっと止み、霧のような雨が少しだけ降っている。 夜の寒さも湿度が高いため染み入るようで、誰もが浅い眠りで過ごしたようだ。 これが最終日で良かった、初日だとリタイア続出だったと言い合った。 靴もウェアもテントも寝袋も濡れ、それを連日使い続けるストレスは耐えがたいものがあっただろう。 僕は何とか乾いた靴下があったのでそれを履いたが、ずっしり湿ったシューズに足を入れるとたちまちグズグズになった。ウエアは何日も着続け、たっぷりと汗を吸って塩を吹いているので、それが湿ると酷い匂いを発する。 身につける時にはあまりの匂いに吐気を催した。身体も清潔とはほど遠く、走る前から心が折れそうだった。
何とか装備を身に付け、テントを畳む。 スタート時点の気温は6度だったと思う。 防寒を兼ねてレインウエアを身に付け、防寒&防水グローブもはめた。 脚は剥き出しなので、足踏みでもしていないと凍えそうな寒さだ。
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いつものように5人でスタートすると、すぐに丸ちゃんが「さみ~!」と叫びながらもの凄い勢いで走り去った。 そのあとをガタさんが猛追し、杉ちゃん、鵜飼さんと続く。 僕のペースがそんなに遅いのか?と思ってGPSを見るが5分30秒から45秒で走っている。 全然遅くない、というかむしろいつもより速い。
丸ちゃんのペースは間違いなく4分台だ。 最終日とはいえ23kmの距離である。 ハーフマラソンのつもりなのかもしれないが、酷い不整地な上、この5日間で200km以上走っている。 僕はここまでに足首を傷めており、これ以上のペースアップは怖かった。 スタート前にペインキラーを飲んでいたが、痛みが抜けないのでA-1で追加する。 たった6kmしか走っていないのに他の4人は見えなくなっていた。
5位のガタさんには60分以上のアドバンテージがあるとはいえ、歩いてしまったらひっくり返される可能性がある。 歩きは概ねキロ12分なので、彼がキロ5分で走れば残り10kmでも逆転だ。 どんなに痛くても絶対に歩いてはいけない、と強い気持ちで走り続ける。 A-3(18km)までのペースはキロ6分を切っていたはずなので、決して遅くはない。 周囲が速いのだ。
しばらく前から冷たい雨が降っており、グローブをしていても手の感覚がないほど寒い。 身体を冷したくないのでA-3はパスし、そのまま走り続けた。
残り5kmからは本当に苦しかった。 たぶん歩いてもガタさんには勝てると考える計算高い自分がいる一方、そういう戦い方は彼に失礼だろと叱咤激励する自分がいる。 歩いてしまったらきっと自分で自分にがっかりすると思い、歯を食いしばって走り続けた。 足首の痛みはますます強くなっていて、絶対に捻らないよう慎重に着地する。 完全に傷めてしまうと歩くしかないからだ。
ペースは落ちたが、周囲の景色には見覚えがあった。 バヤンゴビの目の前にあった山を反対側から見ていることが判る。 この山を巻いて行けばゴールのはず。 そう考えながら走っていると、犬が追いかけてきた。 僕に向かって吼えかかっており、最後の最後にモンゴル犬トラップかよとうんざりして脚を止めた。 振り返って犬と向き合い、投げやりな気持ちで見つめていると敵じゃないと判ったのか、吼えなくなったので再び走り始めた。 このモンゴル犬トラップはレース中に3回あった。かなり大きな犬だし、荒野の真ん中でマジ吼えして威嚇されると当たり前だけど怖い。
見通しの良い草原に出たところでゴールゲートが見えた。 どんなレースでもゴールが見えると元気が出るものだが、この日はグランドゴールである。 最後の川をジャンプして渡り、残った力を振り絞ってゴールへ向かった。 ゴール手前からこの数日間のことを思い出して、僕は咆えていた。
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訳の判らない声を発しながらゴールに飛び込んだ。 スタッフと抱き合って祝福を受けた後、少し離れて周囲の写真を撮った。 終わったんだと思うとこみ上げて来るものがあって、それを誤魔化すためだった。 心が震える瞬間を久しぶりに味わった。 お前はよくやったよ、と自分で自分を褒めてやった。 自分がどれだけ頑張ったのかは誰よりも自分が知っている。 順位でもなく、タイムでもない。 この得がたい経験を自らの手で作り上げた、自分自身の価値が誇らしかった。 僕は僕の人生に、大きな勲章をプレゼントすることができたのだ。
この勲章はプライスレスだ。 どんなにお金を積んでも手に入らない。 総合4位&エイジ優勝だったのでトロフィーをもらったが、僕にとって真に価値があるのはそちらではなかった。
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帰国して1ヶ月半経つが、僕は今も余韻に浸っている。 肉体的な追い込みが激しく、特に寒暖の差、暑さはまだしも寒さが堪えたので、帰国してしばらく体調が悪かった。 ついに起き上がれなくなって病院に行くと「肺炎なりかけてますよ?」と言われてしまったが、それも回復した。
写真を見ると、あの悠久の大地を懐かしく思い出す。 目に入る人工物は時々見かけるゲルだけで、道らしい道はなく、ほぼ手付かずの自然が剥き出しのまま、地平線の彼方まで続いている。 そこを身体一つで走り続ける快感。 これほど原始的で根源的な体験はちょっとない。 グレートモンゴリア・ゴビデザートマラソンは僕の人生観を大きく転換させる素晴らしい経験になった。
でも現状に満足しちゃいけない。いつまでも感傷に浸っていると時間だけが過ぎて行く。あの時は良かったオヤジになるのは嫌だ。次のステージに進んでこそ意味がある。やはりGWの九州縦断が次のビッグチャレンジになるのだろう。今夜の「笑ってコラえて」というテレビ番組でがっつり取り上げられていた「マラソン中毒者(ジャンキー)」の小野裕史さんのチャレンジに同行する予定なのだ。つか、僕の走力でどこまでついて行けるか?って話だが、そのために冬はしっかり走り込む。杉ちゃんの言葉だが、レース当日に頑張るのは受験当日に勉強するのと同じ。走力というのは日々の練習によってしか積み上がらない。そしてあの、僕は生きている!という充実感をもっと大きく手に入れるのだ。

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