第31回目のこの大会に出場した。
出場者12,000人というから、人数だけなら中国地方で一番多い大会ではないか。

僕は2年前に出場し、ぎりぎり50分を切れなかったので(自分の時計では切っていたが)今回は50分切り、つまり40分台を目指していた。
ちなみに昨年は下関海響マラソンを控えていたので、友人たちの荷物番だったのだ。

僕が今、住んでいるところは会場から比較的近いので、出場する友人たちのベースキャンプ&シャワールームとして使ってもらうことにした。
皆が来る前、8時30分に会場へ行き、ナンバーカードだけ貰って帰った。
この時間でも既に続々と人が集まっており、かなりの混雑だった。

自宅に集まった友人たちと雑談しながら珈琲を淹れたり、Tシャツにナンバーカードを付けたりしていると10時過ぎになったので会場へ向かった。
5kmコースの友人もいて、スタート地点では既に選手の集結が始まっていたので、メイン会場には入らず、道路脇で待つことにした。

僕は少しアップしたかったので、メイン会場まで走ったり、トラックを往復したりして、調子を確かめた。
前日から右膝に痛みがあり、手入れはしておいたけれど違和感は消えておらず、鋭い痛みにならなければいいがと考えていた。
11時前にスタート地点へ戻ると、5kmコースの友人が出発した。
僕たちも20分後にスタートするので、上着を抜いでスタート地点に並んだ。

これまでの教訓から、後ろからスタートすると最初が走りにくくて困ると判っているので、ある程度は前に出ておいた。
前のランナーが壁になると、自分のペースで走れないからストレスになるのだ。
ただし、自分の実力に応じた位置を確保しないと、周囲の人に迷惑をかけるから留意のこと。
僕は前に500〜600人はいるかな?と思うくらいの位置に並び、実際の順位も500位台だったので、過不足なかった。

スタート前まで雑談していたので、皆が一斉に走り出すと「あれ?スタートしたの?」と慌てて走り出すような間抜けなスタートだったが、身体は準備していたので、すぐにスピードに乗った。
最初の間は少しドキドキするので、心拍が上がり気味だなと思っていた。
今回はハートレートモニターを付けていたので、心拍数をチェックしながら走ったのだが、これは極めて有効だった。
最近は練習でも装着しているが、ある程度本気で取組むならば、取り入れるべき機械と思う。
僕はスントだが、完全防水なのでポラールのほうが良かったかな?と考えている。

庚午橋を渡るまでは少し混んでいたが、周囲もそこそこ早くて1km4分ペースくらいで走っているのでストレスはない。
橋を渡ってからは道が広くなり、最後まで走りにくいと思うことはなかった。
この辺りで心拍は185を越えており、もう少し落ち着かないかな?と思っていた。
一人で練習するときは、170そこそこで走ることが多く、185を越えるのは少し追い込むときだけ。
それなのに息苦しさは全くなく、脚は軽快に前へ出るし、体幹もしっかりして揺らいでいない。
このまま走り続けても問題なさそうだと感じた。

右膝の痛みもなく、調子良く走っていると心拍数が190を越えた。
ヤバいな、これ以上は無酸素運動になるんじゃないか?と思ったが、数字とは裏腹に身体は特に問題がない。
もちろん、そこまで心拍が上がっているから、それなりにしんどいが、軽快に走れているという気持ちよさのほうが上回る。
このペースがどこまで続くかな?と思っていたら、知人が「いいペースですね!」と声をかけてきた。
その人は僕よりも年上だが、ランナーとしてはずっとレベルが上の人なので、今日は調子よく走れていることが判ったのだろう。
ここは僕の練習コースなんですよと少しお喋りしていたが、登りで呆気なく置いていかれた。

そろそろ折り返しかな?と思う辺りでの心拍は190の後半。
折り返す直前で右わき腹に少し痛みを感じた。
横隔膜が悲鳴を上げつつあるらしい。
タイムは22分。
この時点でトラブルがない限り、目標の50分切りは達成できると見込んだ。

横隔膜の痛みが強くなると困るのでペースを落とそうとするが、脚がどんどん前に出て、心拍は190前半から後半を行ったり来たりしている。
198くらいまで上がると痛みが強くなるようなので、何とか192〜194くらいまでペースを落として誤魔化しながら走る。

折り返してしばらくして残り4kmの距離表示が出た。
今回はここまで距離表示を見なかったので、ないのかと思っていた。
しかし、5kmくらいは出していてほしかったな。
僕が見落とした可能性が高いけれど。

心拍を190前半に抑えつつ走っていると、徐々にわき腹の痛みは薄くなっていった。
おそらく負荷に慣れたのだろう。
それからはずっと190後半の心拍で走り続け、残り2kmくらいまで来た。

この時点で周りを走っているランナーの足音が、一昨年とは違うことに気付いた。
シューズを引きずるような音を出す人がおらず、ジャッ、ジャッ、ジャッと軽快にアスファルトを蹴る音が続く。
そういう人たちとレース終盤で競っていることが、とても誇らしかった。

ストライドは前半ほど大きくはないけれど、脚そのものはまだまだ元気なので、残り1kmの表示を見てからゆっくりとペースを上げた。
心拍計は199まで上がり、さすがに息苦しさも感じる。
会場に入ってからは、そこからさらにペースを上げて、最後は心拍206まで追い込んで、全力でゴールした。

タイムは47分38秒。
目標は達成できたし、最初から最後まで軽快に走ることが出来て、満足感も高かった。
今回は心拍計の威力をとことん感じた。
身体のキツさが数字で判るため、微妙にコントロールしながら走ることができるのだ。
逆に言えば常にギリギリのラインで負荷をかけるため、ある程度は鍛えておく必要があるだろう。

今回の経験から考察すると、僕の最大心拍は210くらいかな?と思う。
年齢から考えるとちょっと高いように思うが、実測値なので間違いない。
これ以上、心拍を上げるのは危険な気がするので、僕の今後の課題は、ここまで心拍を上げなくても速く走ることができるよう、もっとLSDを取り入れる必要があると感じた。

心地よい天気の中を走り、目標を達成でき、今後のトレーニングの目安も立った。
とても美しい一日だった。

ツイッターにも書いたが、走るのはもちろんしんどい。
日々練習していても、何度レースを走っても、それでもやはりしんどい。
でもきっと、それが生きるということなのだと僕は思う。

全力で走って、タイムではなく、その過程に満足して「楽しかった!」とゴールすること。
人生もそうでありたいと心から願った。

自転車は車道へ

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インターネットのニュースで読んだが
警視庁は、自転車の車道左側走行の原則を順守させ、これまで積極的に摘発していなかった歩道走行の取り締まりを徹底する方針を固めた。
そうだ。

へー、そりゃ大事業だねというのが僕の感想。
これまで積極的に摘発していなかったって書いてあるけれど、広島市内では普通に警察官が歩道走行していたから、積極的も消極的もあったもんじゃない。
そもそも道路交通法では自転車の歩道走行が条件付で認められている。

しかし、取締りを強化するというのだから、道路交通法も改正するのだろう。
個人的には良い方向だと思うけれど、実はこれ、自転車だけの問題ではない。
歩行者にも自動車にも影響を与えるものだと思う。

まず、基本的に自転車が車道を走るのであれば、自動車の違法駐車を駆逐しなければならない。
僕は普段から車道を走っているけれど、路肩に停められた自動車は本当に鬱陶しい。
左側に抜けることはできないから、右から抜くことになる。
僕は慣れたが、これを全ての自転車にやらせるのは大変だろう。
慣れない自転車に違法駐車の右側を抜けと指示するよりも、違法駐車を駆逐するほうが筋だからだ。

また、自転車の速度にはかなり差があって、歩くのと変わらないようなノロノロ運転の人もいるし、僕のようにスポーツ走行する人もいる。
あのノロノロ運転の人に車道を走らせるのは至難と思うが、やるというのだから頑張ってねとしか言いようがない。
たぶん、極端なノロノロ運転をする人は自転車に乗るなという婉曲的なメッセージになると思う。
子供を前後に乗せた、3人乗り自転車も当然車道を走ることになる。
大惨事になる前に禁止したほうがいいのではないか。

当分は自動車の人たちも苛々することになると思う。
朝夕の通勤通学時は、左車線がふさがれる可能性もあるからだ。
でも、自転車に少しでもかすったら、100%自動車の過失になる。
まぁ自転車が歩行者から自動車の仲間に近づいたことで、諦めてほしいと思う。

また、高校生がお喋りしながら並走したり、電話を見ながら運転したりしているのもこれで減るだろう。
車道でそれをやったらすぐに事故るからだ。
緊張感を鍛える訓練にもなりそうだ。

整備不良の自転車も減るかな。
明らかに空気圧が足りていなかったり、ブレーキの効きが悪い自転車が多いけれど、車道を走るならば制動性能はものすごく重要。
そこら辺で売っている安い使い捨て自転車は、真っ当な自転車に比べると整備ができない作りになっているので、安全基準を満たしている真っ当な自転車に乗るようになるかもしれない。
そういう自転車は当然高いので大切に乗るだろうし、何よりも自転車を大切にするのは良いことだ。

歩行者にとっては歩道の安全が確保されてありがたいだろう。
ただし、自転車が車道を走るということは、全ての車両の左側通行が徹底されるということであり、そうすると歩行者は右側通行を徹底しなければならなくなる。

広島市内でも少し郊外に出ると歩道がない道はいくらでもあり、自転車がすぐ近くを抜けて行くのだから、左側を歩かれると非常に危ない。
現状は歩行者の左側通行なんて、100%取り締まられていないけれど、場所によっては取り締まってもいいのではないか。
個人的には面倒だと思うけれど、そうしなければ整合性がない。

これまでは自転車が曖昧ラインの上にあったので、歩行者も曖昧なまま歩いていたが、自転車が自動車と同じように、左側走行を徹底されるようになると、歩行者だけ法律違反しててもいいですよとはならないはずだ。

そういえば、十日市辺りの自転車専用道は違法駐輪が並んで道をふさいでいるので、これも撤去することになるだろう。

社会というのは複雑に連関し合っているので、特定の事象を厳しく取り締まればハイ解決とはならない。
他にも、道路幅の拡張も当然考えなければならないし、そうすると税金の投入が必要になる。
個人的にはどういうラインを走るのかを全く想定していない、中途半端な自転車専用道を作られるよりはそっちのほうがいい。

なお、自転車を免許性にすべし!という意見もあるようだけれど、それは普通に考えて無理だろう。
警視庁におかれては、朝の横断歩道限定で奇矯なほど厳密に指導するのではなく、正しく自転車が車道を走れるような環境整備と、全ての交通者の意識改革をお願いしたい。
ツイッターで友人の北島さんが
「生ビールは瓶より新鮮だと勘違いしてる人が多い」ってホントかい? 私の周囲では見た事がない【笑】。
と書いていた。
さすが首都圏でフードライターをやっているだけあって、周囲にいる人たちもレベルが高いわと感心したのだが、いまだに瓶ビールよりも生ビールのほうが旨いと考えている人は、特に地方で多いようなので、改めてその誤解を解いておきたい。

そもそも生ビールとは何か。
熱処理していないビールのことである。
では瓶ビールは熱処理してあるのかというとそうではなくて、ほとんどの瓶ビールが生ビールである。
我々が普段見かける熱処理ビールはキリンのクラシックラガーとサッポロのサッポロラガー、いわゆる赤星くらいだ。

ほとんどの瓶ビールも中身は生ビールだが、ビールサーバーからジョッキに注いだ生ビールのほうがフレッシュで旨いと考えている人が多いようだ。
これは確かに一理あって、太陽の光を浴びた瓶ビールは確かに酸っぱくて変な味がする。
流通や酒販店の扱いが不明なので、光の入らない樽に入った生ビールはリスクが少ないと言えるだろう。

また、ジョッキに注がれたビールは飲み応えがあるし、ビールサーバーから注がれるため、泡で綺麗に蓋をすることが可能。
瓶ビールは小さなグラスで飲まれることが多いため、上手に注ぐことが難しく、また、ジョッキのように咽喉を鳴らして飲むことができない。
これは瓶ビールからジョッキに注げばほぼ解決するのだが、それをやってくれる飲食店が少ないという問題もある。

しかし、生ビールは致命的な問題を抱えている。
サーバーの洗浄や手入れを怠ると、瓶ビールよりもずっと不味くなってしまうことだ。
また、常温のビールをタップに流す途中の管で強制的に冷やす機構が多いため、ビールの味が荒れてしまう。
樽ごとじっくり冷やせば、ビール内のガスが落ち着き、舌に荒れを感じない。

これは、冷蔵庫で一晩静置したビールと、常温から冷凍庫で急激に冷やしたビールを飲み比べれば判る。
生ビールの旨さに心砕いている店では、樽ごと冷やしている店もあるけれど、それは極少数だ。
僕が知っているのは呉市の「オオムラ」と広島市の「むろか」くらい。
特に「オオムラ」は氷で冷やすという、貴重な冷やし方を実行している。
#現在「オオムラ」は残念ながら休業中

ところが生ビールが旨くないのは設備の問題よりも、手入れの問題であることのほうが多い。
先日、松江市に訪れた際、日本酒の品揃えで評判の店を訪れた。
生ビールはヱビスとのことだったのでお願いしたが、強烈に不味いビールが出てきた。
僕は最初の一杯を飲み干すことができなかった。
この店の店主が広島市で働いていた際、僕は何度か話をしたことがあり、旧知だったこともあり、こんなビールを出しちゃダメだと伝えたが、たぶん僕の言っていることが理解できなかったのだろう、反応はとても鈍かった。
飲めばすぐに判ると思うのだが。

僕の感覚では生ビールが旨い店は5店に1店もない。
抜群に旨い店となると30店に1店もないのではないか。
一つ、端的な見分け方を伝授するならば、ジョッキの内側の壁面に荒い泡が付着している店はNGだ。
グラスが適正に洗浄されていれば、内側の壁面に泡は付かない。

どんなに注ぎ方に気を遣っても、グラスが汚れていたら旨いはずがない。
まぁこれは瓶ビールでも同じことなのだが。

ちなみに瓶ビールは生ビールほど外れない。
先に述べたように日に当てたり、古かったり劣化したりした瓶ビールを売る酒販店は滅多にないので、外れに当たる可能性がとても低い。
また、中ジョッキ一杯と中瓶一本を比べた場合、中瓶のほうが量が多い。
50円や100円くらい高くても、コストパフォーマンスは瓶ビールのほうが高いことが多いのだ。

そのため、食に対する意識の高い人ほど瓶ビールを選ぶ。
もちろん、旨い生ビールを出してくれることが判っている店では、生ビールを選ぶ。
僕も以前は生ビールでその店の姿勢を測ろうとしていたけれど、最近は最初から瓶ビールに逃げることが多い。

一時期は生ビールの次に瓶ビールを頼んだりして、それはつまり、暗に生ビールが旨くないよとのメッセージだったのだが、僕の思いを理解してくれる店はほとんどなかった。
つまりある意味、諦めてしまったのだ。
たぶん、今後も僕は瓶ビールを選び続けるだろう。

では缶ビールはどうか?と言われるかもしれないが、僕には緊急避難的位置づけだ。
金属的な鋭い酸味がどうしても苦手なのだ。

ましてや缶からそのまま飲むなんて絶対にやらない。
金属臭が酷くて気持ち悪いし、ビールはグラスに注いで適度にガスを抜いて、最も旨くなるように調整してあるからだ。
アルコールと炭酸ガスがほしいだけならビールを飲む必要はない。

ことほどさようにビールとは奥の深い酒なのだ。
単にアルコール摂取の手段として飲んでいる人に説いても詮無いが、ビールを人生の喜びの一つとして味わいたいと考えている人ならば、本当の生ビールの旨さと、瓶ビールの安定したレベルの高さを知ってほしいと僕は思う。
出雲路センチュリーライドから一週間。
24日から25日にかけて、周南市で行われる24時間リレーマラソンに参加した。

聞き慣れない競技だが、要は24時間をリレーで走り続けるというもの。
ここでは一周1.63kmの周回コースを走り続け、何周走ったかを競うレースだ。

初めての競技だし、当然だけど24時間走り続けるなんて未知の世界だから、興味津々での参加だった。
もちろん一人では参加できないので、先輩ランナーである鍋ちゃんに声をかけ、そこから芋蔓式に参加者を募った。
チーム名は適当に「チーム快食」とし、鍋ちゃんを部長に据え、僕がマネージャーをやった。
その他の参加者は、634さん、ネコ吉さん、daiちゃん、もっちー、ひこさん、恵、ヤマダくん。

様子が判らないので必要かな?と思えるものをピックアップして、とりあえず現地に向かった。
現地に用意されていたのはテントのみ。
テントの下は地面だったが、鍋ちゃんがアウトドア用品をどっさり持って来てくれていたので、シートを敷くことができた。
その他にも3〜4人眠れるテントを張ったり、折りたたみ式椅子やテーブルを用意してくれていて、なかなか立派なベースキャンプになった。

競技には15名まで参加できるが、我がチームは9名。
しかも、ひこさんと恵は膝に故障を抱えているので、フルメンバーを揃えているチームとは戦力差がちょうど倍くらいあった。
でもまぁ、ケガのないように、集団練習のつもりで走ろうぜということで走り始めた。

第一走者は鍋部長の指名により僕。
とりあえず順番に一周走ってみようよということになった。
24日の正午と同時にスタートすると、短距離走かよ!と突っ込みたいくらい、すごい速さで皆、飛び出した。
何だ!このレースは?
と戸惑いながら周囲に引きずられ、一周6分55秒で帰って来た。
これを1kmに換算すると、4分15秒である。

マジかよ、こんなペースで走るのか?と思ったが、周囲はそんなもんじゃない。
一周5分台で走っている人がいくらでもいる。
トップはおそらく4分台だろう。
24時間レースだから、長距離の競技だと思っていたが、そうじゃない。
これは中距離をリレーする競技だったのだ。

とてもじゃないけれど、僕には付いて行けないので、2周目からはペースを落とした。
一周8分ちょっとで、1kmでは5分くらい。
これでも市民ランナーでは、そんなに遅くないのだが、如何せん、周囲のレベルが高すぎる。
皆も走りながら「一周する間に9割に抜かれて、1割抜き返す感じだな」と感想を言い合った。

当初の予定では、誰かが走っている間に、残りの人はご飯を食べに行こうぜと言っていたけれど、そんな時間はなさそうだと判ってくる。
とはいえ、食べずに走り続けるのは無理なので、テイクアウトのタイ料理を買いに出かけた。
また、この日は鍋ちゃんの誕生日だったので、サプライズで誕生日ケーキも予約していたのだ。

夕方に皆でバースディソングを歌い、鍋ちゃんがロウソクを吹き消し、地元のテレビ局も珍しいからか取材に来て、タイ料理とケーキを食べた。
しかし、この後から徐々に寒さが厳しくなってきて、脚の疲労も蓄積してきた。

僕は20時台に3周して身体を温め、少し横になって休んだ。
この時に少し眠ったようで、起きたのは23時台だった。
中にはこの間にラーメンを食べに行った者もいたようで、走っている者は3名しかいないという状況になったらしい。
そこで僕が起きて走り始めたのだが、0時を過ぎると寝落ちする者も出てくる。
開始から12時間経っており、その間、断続的にハードな運動をしているのだから当然だ。

僕は先に少し休んだので、0時からは率先して走った。
しかし、3時過ぎ頃だったろうか、ハードローテーションで回していたので、徐々に脚が回復しなくなってきて、このままではタスキが止まりそうになった。
この時、友人の女性2名が差し入れを持って来てくれ、脚のマッサージなども行ってくれた。
寒さと疲れで心が折れる寸前だったが、何とか復活し、最も長く睡眠を取っていたヤマダくんを叩き起こした。
取りあえず10周走れ!と言うと、しっかり寝ましたから!と言いつつ5周走ってくれた。
そして、思考力が落ちて次に誰が走るかのマネジメントができなくなりつつあったので、女性の一人がマネジメントを買って出てくれた。

これが非常に有効で、各人の走るペースを見ながら「あと3分くらいで帰って来るから準備して!」とか「あなたの順番になったら起こすから今は寝てて!」とか、これが本物のマネージャーだと敬服した。
選手は走ることに専念し、マネージャーが全体を統率する。
僕のように名前だけのマネージャーではダメで、特に我々のような少人数のチームには、絶対に必要な役割だったのだ。

もう一人の女性は黙々とマッサージしてくれ、この二人がいなければ完走は覚束なかっただろう。
彼女たちのお陰で、明け方には再度仮眠を取ることができたので、夜が開けてからは元気に走り続けることができた。
太陽の光が差し始めると、凍えるように寒かった身体が、徐々に温まって来るのが判る。
日の光ってこんなに温かくて元気が出るんだ!と心から痛感した。
来年はベンチコートが必須だ。

朝になってからはペースを上げて、トータルで20周まで走った。
この辺りから欲が出て来て、フルマラソンを越える27周を走りたいなと思っていたら、鍋ちゃんも同じことを考えていた。
一緒に27周を目指そうよと言ったが、二人がそれだけ走ると、他の人が走る時間がなくなってしまう。
リレーである以上、同じ人が走り続けるのは面白くないので、それを察した鍋ちゃんが「俺はええからシャオちゃん走りな」と譲ってくれた。

鍋ちゃんだけでなく、他の人も頑張れば27周を目指すことができたはずだが、彼らも僕が目指すならと時間を譲ってくれたので、闘争心に火がついた。
譲ってもらった以上、無様な走りをする訳にはいかない。
僕が競技中、常に声をかけていた「速く走らなくていいから、自分のベストは尽くそうぜ」という言葉がブーメランになって突き刺さる。

残り7周は1周ずつ走るよりも、まとめて走って残りの時間は回復に徹したほうが良いと考えたので、終了3時間前の9時台に4周走った。
ペースは一周8分15秒。
数字的には結果が出せたが、走り終わった後はボロボロ。
座っていることもできないほどで、横になって身体の回復を待った。
その間、マッサージもしてもらったが、少し触られただけで飛び上がるほどの痛みがあった。
これで残り3周が走れるのか?と思いながら、筋断絶がなければ何とかなるだろうと考えていた。

鍋部長から「最終走者もお前だ。言い出しっぺが締めろ」と言われ、ここまでずっと一周約8分ペースで走っていたので、最後は11時40分にタスキを渡してくれるよう、周囲にお願いした。
そうすると3周目を走っている途中で時間切れになり、正午を過ぎれば計測器が止まるため、全員で雪崩れ込むようにゴールしても構わないからだ。
僕は一人でゴールするのではなく、一緒に走ったりサポートしてくれた仲間とゴールしたかったので、敢えてそのように時間調整したのだ。

しかし、最後のタスキが僕に渡ったのは11時35分過ぎ。
残り24分少々で、もしかしたら3周ではなく、4周走れるかもしれないギリギリのタイミングだった。
前の走者が頑張ってくれたからなのだが、難しいタイミングで渡しやがって!と思いつつ、時間調整のためにゆっくり走るのは冒涜なので、とにかく全力で走った。
当然だが一歩ごとに脚が痛い。
手を振っても脚が前に出ないので、ピッチを速くして工夫しながらとにかく走った。

1周目は何とか8分を切れたと思う。
しかし、2周目からはガクンとペースが落ちた。
どうやってもペースが上がらなくて、脚が全く前に出てくれない。
3周目は何とかもう1周!と思いながら、懸命に脚を動かしたが、ゴール手前150mくらいで正午を迎えた。
およそ30秒くらい時間が足りなかった。

ちょうど我々のテントがその辺りだったので、仲間とハイタッチしながら走り抜け、そのまま計測器の止まったゴールに飛び込んだ。
トータル27周、距離にして約44km。
僕自身の最長不倒記録の更新である。

そして僕だけではない。
この競技中に我々が走った総走行距離は約270km。
広島駅から博多駅の距離に匹敵する。
順位は130チーム中108位と全然優秀ではなかったけれど、今から振り返っても、本当に素晴らしい時間で、本当に素晴らしい経験だった。
来年もぜひ、仲間を増やして出場したい。
僕だけかもしれないけれど、大人になってから、こんなに感動できるのはスポーツだけだと思う。

ゴールした後は、全力を出し過ぎて座ろうとしても膝が抜けた。
後片付けも手伝えない。
滝のような汗を流しながら、放心状態で座り込んでいることしかできなかったけれど、何とか撤収して、荷物を搬出していると、閉会式でチーム快食の名前が呼ばれた。
飛び賞というのがあり、108位にも商品が配布されたのだ。
受け取るとソイジョイの48本詰め合せだったが、表彰してもらえただけで嬉しかった。

今回の反省はたくさんあり、最大の問題は選手の少なさ。
やはり最大の15名まで選手を揃えないと他チームと競うのは厳しい。
12時間で7名が交代に走り、残り12時間で別の7名が走るような戦略が普通に行われている中で、我々はほぼ全員が24時間走るという、かなり無謀な戦略を取ってしまったのだ。

それと食糧は常に用意していて、ちょこちょこと食べ続けるのが正解。
当初、この機会に周南市の行きたかった店へ食べに行けばいいじゃんと思っていたが、そんな時間はなかったし、がっつり食べてしまうと走れないのだ。
果物やご飯をちょこちょこ摘むくらいで十分。
あとは夜に温かいスープがほしい。
これは今回、差し入れで持って来てもらったが、リアルに生き返った。
逆に昼間は冷たい飲み物が必須なので、氷とクーラーボックスも重要。

また、夜中は走者を見落とすので、服装以外の目印が必須。
我々は快食.comのオフィシャルTシャツを着ていたが、汗で濡れると着替えるため、別のTシャツを着ている時間も長かったし、同じような色合いのTシャツを着ている人がたくさんいたからだ。

また、チームのテントを走っている途中に見失うので、判りやすい幟もほしい。
走りながらの伝達事項が結構多いのだ。

出走ボードは僕が簡単に作って行ったが、もっとちゃんとしたものが必要だった。
ホワイトボードで作成すればベスト。

ストップウォッチと、キッチンタイマーが複数必要。
ラップタイムの計測にストップウォッチと、睡眠時間の管理にはキッチンタイマーが便利と考えたのだ。

それと夜はLEDランタンが必須。
今回は1つしかなかったが、来年は3〜4つほしい。
逆に椅子は皆が持って来てくれたのでほぼ足りていた。
でも、観戦者が増えればもっと必要かも?

チーム総体としてパフォーマンスを上げるため、個人目標をあらかじめヒアリングしておくべきだった。
例えば僕は最長不倒記録の更新という目標を達成できたが、最初から他の人にもヒアリングしておけば、僕だけじゃなく、他の人も個人目標を達成できたと思う。
これはマネージャーである僕の失敗だった。

色々反省点はあるけれど、初回にしてはいい結果だったと思う。
個人的には大成功だったと考えている。

来年はマネージャーとマッサージャーを正式に依頼したし、走者を増やして一人当たりの負担も減らしたい。
24時間あるとはいえ、一人が20周以上走るのはキツい。
合計すると30km以上になるからだ。

広島に戻ってからは、当然打ち上げを行ったが、寝不足と疲労で早々に解散した。
しかし、連帯感と充実感に満ちた、本当に良い打ち上げだった。
来年もぜひ出場したいと思った。

これを読んで、チーム快食で出場したいと考えた人は、ぜひご一報お願いしたい。
しんどいのは間違いないけれど、その分だけ感動できることは僕が約束する。

5月の病み上がりに、同じ160kmのツール・ド・国東を完走しているので、距離に不安はなかったけれど、コースとタイムは気にしていた。
目標は8時間以内だったが、結論から先に述べると、達成できなかった。
思った以上にタフなコースだったのだ。

簡単にインプレッションを記しておくと、まず、コースが非常に込み入っている。
かなり狭い道を走らされることが多くて、追い抜きが難しい。
宍道湖の周辺道路など、美しくて楽しい部分もあるのだけれど、中には「本当にこの道で合っているのか?」と不安になるほどの路地を走らされる。

超重要なポイントには整理員が立っているけれど、ほとんどは小さな案内表示が出ているだけなので、道に不慣れな人は非常に間違えやすい。
僕も一度、右折表示を見逃して直進しかけたし、連れも表示を見落として誤った道に進みかけた。
連れがいれば見落とし率は半分になるが、一人での参加はキツいと思う。
途中で20人くらいの選手がまとめて道を間違えたところに出くわしたし、その表示を見る限り、僕が先頭でもこれなら間違えると思える案内表示だった。
後半は前後に選手がいなくなるので、余計に不安になる。
妙な緊張感のある大会だった。

ただし、スタッフのホスピタリティが低い訳ではなくて、何人もレース中にトラブルサポートを受けている場面に遭遇した。
自転車レースではメカトラブルのサポートはないのが普通。
そうならないよう、しっかり点検して来ることが選手の心得だからだ。
それをフォローしてくれるのだから、この点においては「甘やかし過ぎ」と言えるほど手厚かった。
また、今回のレースでは、マキビシでも撒いてあるのか?と思うほど、パンクしている選手が多かった。
僕だけでも30人くらいは見かけたように思う。
センチュリーライドだから、初心者は参加していないように思うので、何か特別の要因があったのだろうか。
空気圧のチェックを忘れたとか、そんな初心者みたいなミスをする人はいないと思うのだけれど。
僕の連れは一人もパンクすることなく完走したのでよく判らない。

スタートはウェーブスタートだった。
僕は7時39分。
ちょっと漕ぐとすぐに前の集団に追い付いたが、道が狭いので追い抜くこともできず、かなりのんびりペースで走り続けた。
アベレージは20km以下かな?
抜きたくても車列に切れ目がないので、物理的に前に出ることができないのだ。

しかし、第1エイドから第2エイドの間でそこそこキツい坂があり、集団が伸びた。
この辺りからやっと普通に走れるようになった。
とはいえ、車速が遅いこともあり、僕はまだ、フロントインナーを使う必要を感じないほどだった。

本当にキツかったのは第2エイドから第3エイド。
激坂はないけれど、小山が延々と続くコースで気持ちが倦んでくる。
覚悟はしていたけれど、思った以上にキツいコースだった。
強烈な激坂が一つあるのではなくて、さざ波のように押しては返す坂の繰り返してで、徐々に脚が削られる感じ。
それまでのエイドで補給食は口にしつつも、空腹が我慢できなくなり始めた頃、第3エイドに到着。
補給食を食べ終わると、制限時間まで40分しかないことが判った
それまでは連れの2人が到着するまでエイドでそこそこ長い時間待っていたが、時間的にヤバいのでネコ吉さんと2人で先に進むこととした。

第4エイドまでは大根島を渡るコースなので坂はないが、向かい風が凄まじかった。
水面が波立つほどの風で、誰かの後ろに入らせてもらおうとしても、なかなかペースの合う人がいなくて困った。
30分ほど無賃乗車させてもらった集団列車があったけれど、その人たちも途中からバラけてしまったし。

さらに中海大橋を渡っている途中、右の大腿四頭筋に痙攣が来た。
ヤバいなと思いつつ、登りなので脚を止めることができないから、そのまま無理矢理回し続けたら回復してくれた。
第4エイドに到着し、サインを済ませると、名簿の半分くらいが埋まっていた。
第3エイドまではサイン済が半分以上だったので、少し焦ってしまったのだ。
「出場者のレベルが高いなぁ」とぼやきつつ、元来た道を戻った。
本当は中海を縦断するはずが、なぜか主催者の意向でコース変更があったのだ。

最終エイドに入る前に、松江駅の北西側の半島を走ったが、これが思った以上にキツかった。
最後の一山なのだが、こんな道を最後に用意しなくてもいいのにと泣きが入るほど。
もう坂道はいいよ、お腹いっぱいだよと言っているのに、容赦なくお代わりがやって来る椀子そば状態。
ギアをインナーローに落とし、一歩ずつ踏みしめるように前に進んだ。

やっと最終エイドに到着し、サインをすると1/3ほどしか埋まっていなかった。
序盤にのんびりしたので、ずっと下位に甘んじていたが、やっと上位1/3に入ったようだ。
エイドでもあまり長く休憩していると、逆に疲れるので、第3エイド以降は休憩時間を短めにしたのが良かったのだと思う。
休みすぎると筋肉が強ばってしまうのだ。

最終エイドからの20数キロは、冗談を言い合いながらリラックスして進んだ。
それでも途中の坂で再び右大腿四頭筋に痙攣が来たりして、そこそこ大変だったが、まぁ何とかやり過ごすことができた。
要は痙攣が来ても気にしないことだ。
ちょっとストレッチしたり、脚を止めたり、力を入れずにペダルを回していると、徐々に回復する。
よほど酷くない限り、自転車を降りることもない。
軽い痙攣はしばしばあることなので、気にしないことが重要だ。

ゴールに向かう数キロ前から、既にゴールした人たちが自走で帰ったりしていた。
中には満面の笑顔で拳を突き上げてくれる人もいて(もうすぐゴールだぜ!)、僕も笑顔でサムアップを返した。
実はゴールに気付かず、しばらく通り過ぎてUターンするという、何とも感動のないゴールだったのだが、逆にいえばそれくらい最初から最後まで判りにくいコースだった。
途中、何度もどこがコースなのか迷ったが、ゴールまで間違えるとは思わなかった。

走り終わった後の充実感は最高で、泣きたいような、笑いたいような、何とも言えず満たされた気分になった。
自分で決めたことを、自分の意思と力で達成できた喜びなのだろう。

色々あるにせよ、総じて素晴らしいイベントだったが、どうしても納得できなかったのは水分補給。
エイドでの水分補給が不十分で、一人紙コップ一杯の水分しか提供してくれないことが多かったのだ。
蒸し暑い気候も影響したが、自転車というのは非常に汗をかくスポーツで、僕はおそらくこの日、5リットル以上の汗をかいたと思う。
そうすると、それと同じくらいの給水が必要なのだが、紙コップ一杯では全く足りない。
自販機で買おうとしても、エイド近くの自販機は水とスポーツドリンクが全て売り切れている有様で、エイドに着けば給水が受けられると思っていた僕は、一時的にボトルが空になった。
自転車でボトルが空になるというのはかなり深刻である。
ダブルボトルのネコ吉さんは大丈夫だったようだが、僕はシングルなので常に走りながら水分補給と給水のことを考えているのだ。
ドリンクなんてそんなに高くないのだし、一人当たりせいぜいボトル2本なのだから、ケチらずに手当してほしい。
自転車における水分補給が、どれほど重要なのか、知らないはずはないのだし。

我々のゴールした約1時間後に残りの連れもゴール。
なかでも完走は無理と思っていた初心者が完走したのには驚いた。

その後は恒例の打ち上げを行い、そのまま崩れ落ちるように眠った。
とはいえ次の日は筋肉痛もなく、少しダルいくらいだったので、我ながら地力が付いて来たのかな?と感じた。

また、前日も雨、走り終わった後も雨だったが、走っている間にはほとんど雨が降らなかった。
この奇跡的な天候にも感謝したい。
友人が奥さんのハンカチを使って作ってくれたテルテル坊主が効いたのかもしれない。
何はともあれ、素晴らしい休日の一日だった。

夏のスイム練習が功を奏したようで、上半身と体幹が安定し、我ながらよく走れたと思う。
ネコ吉さんも「走りがハワフルになってるよ」と言ってくれたし、少しはレベルアップしているっぽい。
来年は200km&山岳コースの石見グランフォンドに挑戦したいが、それまでにはもっと地力をつける必要がありそうだ。
そこそこ付き合いが長い友人からも「え?シャオヘイさんってインスタント麺食べるの?」と言われる。
もちろん食べるのだが、そんなに変かな?
昔ほどは食べなくなったけれど、今でも時々食べる。

最も多いのは飲んだ後にコンビニで買ってしまうこと。
これも以前よりは減ったが、今でも買う。
昔は飲んだ後に〆のラーメンを食べていたが、これは良くないと思い、店のラーメンよりもカロリーが低いカップ麺で満足感を得ようとしたのだ。
どうせ酔っぱらっているのだし。

しかし、最近は買うだけ買って食べないことが増えてきた。
そんな僕のインスタント麺事情だが、僕がインスタント麺を食べると答えると、多くの場合「お勧めは?」と訊かれる。
うん、こういうサイトをやっている以上、当然の流れだろう。

そのためお勧めを書いておくことにした。
まず、袋麺から。

日清食品、麺の達人醤油味がお勧めだった。
かつては。
スープがそこそこすっきりしていたし、何よりも麺がツルツルで旨かったのだ。
しかし、少し前に麺が変わってゴワゴワした麺になった。
僕は常々思うのだけれど、インスタント麺はインスタント麺の旨さを追求するべきではないか。
生麺に届かせようとする必要はないと思う。

手打ちうどんは間違いなく旨いけれど、乾麺のうどんもまた旨い。
そういうものだろう。
この製品に代わるインスタント麺はまだ見つけていないのでイチ押しは保留。

とはいえ、定番としてはマルタイのマルタイラーメンが結構お勧めかな。
最近は色々出していて、僕も一通りは食べてみたけれど、どれもイマイチ。
マルタイラーメンか、次点で棒ラーメンが良いと思う。
規定の水の量の2/3で作り、仕上げに残り1/3の量の牛乳を加えると、かなり豚骨ラーメンっぽくなる。
一度お試しあれ。

カップ麺では明星食品のもちもちの木がお勧め。
明星食品の公式サイトには掲載されておらず、セブンイレブンネットのみ情報があった。
セブンイレブンの地域の名店シリーズの一つなのだ。
そのため、販売しているのもセブンイレブンのみ。
カップ麺の旨さで言えば、これ以上のものは少なくとも僕は知らない。
高カロリーだがちょっと別格に旨い。
最初に述べたように、カロリーの低さがカップ麺の良さだと思うので、滅多に買わないけれど。

その他にはヤマダイの凄麺が潔くて良い。
れらの中でも鶏塩ラーメンとか、かけラーメンが良いと思う。
カップ麺というのは具に注力しても旨くなることはないから、麺とスープだけで勝負するという戦略は正しいと思う。
仕上げに生姜の絞り汁を入れるとなかなかオツ。

この製品に限らず、インスタント麺は味付けが粉末スープではなく、液体スープのものを買うとハズレが少ない。
粉末スープは多くの場合、癖がある上に旨味が強すぎるのだ。

その他にお勧めは、日清のどん兵衛鴨だしそば
あまり見かけないけれど、稀にスーパーマーケットで安価に売られていたりする。
これも具はほとんどなしだが、ちゃんと鴨っぽい味がするし、蕎麦感がある。
見かけたら僕がまとめ買いしてしまう唯一のカップ麺だ。
上等な七味を加えても勿体ないと思わせない。

他に日清のシーフードヌードルは結構好き。
年に2〜3回も食べないけれど、他に選択肢がなければ超定番でこれを選ぶ。
昔ながらのファンには申し訳ないけれど、実は僕はライトのほうが好きだったりする。
胡椒をガリガリと挽いて加えるとさらに旨い。

こんなところかな。
最近は冷凍麺も色々あるようだけれど、そこまでは手が回っていない。
夏はそうめんを茹でて食べることのほうが多いので。
ちなみにそうめんは山口県の菊川の糸が好み。

今年の大発見は島原そうめんのノンオイルそうめん神技だが、ネットにもほとんど情報がない。
広島市内のフレスタに置いてあるが、少し高めなので常に10個以下くらいしか陳列していない。
そうめん好きはぜひ。

目標のある生活

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先週、複数の人から「なぜそんなにストイックなのか」と問われた。
自分ではそう思っていないので、そうかな?と答えた。
友人たちと遊ぶことも多いというか、むしろ遊び過ぎないよう、セーブしているくらいだ。

しかし、彼らの指摘はそこではなく、日々の運動のことらしい。
朝早く起きて走ったり、仕事が終わって泳いだり、週末にサイクリングしたり、そういう生活が禁欲的に映るらしいのだ。

確かに運動のことを考えると、色々と無茶はできない。
例えば飲み過ぎで肝臓が弱っているとエネルギーとしてグリコーゲンを使う長距離は苦しくなるし、二日酔いの脱水状態で運動をするのは危ない上に楽しくない。

時々やってしまうけれど、無茶に食べるのもNGで、体重が増えるとウエイトを付けて運動しているのと同じなので、やはり苦しくなってしまう。
寝不足もそうで、運動後にしっかり休息しないと筋肉の回復が望めないし、回復しないと次の運動が行えないし、レベルアップしない。

だから僕は飲み過ぎや食べ過ぎに注意しながら、自分のレベルに応じた運動を行って、しっかり休息している。
そういう生活サイクルは通常、禁欲的に映るのだろう。
また、最近はヘルニアや交通事故に遭いながら、しばらくしたらスポーツに復帰するので、なぜそこまでするのか?と思われるようだ。

理由を述べるならば、僕には目標があるからだ。
僕には「70歳になっても現役の競技者でいる」という目標がある。
これがモチベーションだ。

今からどんなに頑張っても何かの大会で優勝どころか、入賞すら不可能だろう。
そういう意味では優れた競技者になることはできないが、息の長い競技者にはなれるのではないかと考えている。
僕はこれからの人生を、現役の競技者として過ごしたいのだ。

そのためには少しくらい痛いからといって運動を止める訳にはいかない。
痛ければ痛いなりの運動を行えばいいのだ。
今後、年齢を重ねれば様々な故障が出てくるだろう。
その度に休んでいたら、目標である70歳の競技者は実現できない。
だから少しくらい痛くても運動する。

目標が明確であれば、それに向かってどのように行動すべきか、自然と答えが導かれる。
今の僕の生活パターンは、その目標に基づいて定められている。

そして、長期目標達成のための短期目標も定まってくる。
 ○ 9月の160km自転車レースで8時間以内の完走。
 ○ その一週間後の24時間リレーマラソンで、自己最高距離の走破。
 ○ 11月の国際平和マラソンで40分台の完走。
これらの短期目標がどれだけ実現できるか判らないけれど、そのためには練習するしかない。
自分で定めた目標に向かって努力することは、極めて個人的ではあるけれど、素晴らしい経験だ。

もちろん、僕がこのサイトを始めるにあたって掲げた「広島の食文化を向上させる」という目標も下ろしてはいない。
これからは二つの目標が僕の人生の行動指針になるだろう。

なお、プライベートだけではなくて、仕事における目標もあるけれど、それはちょっと秘密にさせてもらいたい(笑)

胡蝶蘭が咲いた

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3年目を迎える胡蝶蘭が咲いた。

3株あるうちの1株は今回で3回目だが、残りの2株は全く花芽を付けないので、ダメなのかな?と半ば諦めていた。
しかし、今回は3株全てが花芽を延ばしている。
最も成績優秀な株は既に満開。
次の株もかなり開いた。
そしてもう1株は開花までにあと1ヶ月ほどかかりそう。

胡蝶蘭は開花期が長いので、まだまだたっぷり楽しめそうだ。
店で買って来たもののように、揃えたように縦に並んだ花の付け方ではないけれど、こういう自然な開花が僕は好き。
胡蝶蘭は元々日本の気候で咲く花ではないけれど、あんまり人が弄りすぎるのはどうかと思う。

胡蝶蘭を開花させたと言うと、驚く人が多いけれど、実はそれほど難しくない。
適切に植え替えを行った後は、水と光と気温の全てを適度にして、あまり手をかけないことが重要だ。
光と気温はほぼ置き場所で決まるので、あとは水だけ。
蘭の仲間なので水をやり過ぎないことだ。

植物を育てることが苦手な人は、気にかけている間には頻繁に水をやり、興味がなくなったら全く水をやらないように思う。
育てる人の気まぐれで水やりをしていたら、どんな植物でも枯れる。
逆に、植物の都合に合わせて水を与えれば、そんなに簡単に枯れたりはしない。

人も植物も、適切な環境に加えて適切な干渉があれば、伸び伸びと育つということなのかな?と思ったりする。
でも中にはムチャクチャ育てにくいものもあるんだよね。
例えばアジアンタムとか。
僕は何度かトライしたが、まだ一度も越冬に成功していないのだ。
ロードバイクを買ってから、ぼんやりと考えていたことがある。
以前から名前だけは聞いていた「ツール・ド・国東」に出場してみたい。
調べてみると160km、いわゆるセンチュリーライド(100マイル)なので、本格的に自転車に乗り始めて2年目の僕の実力からすればギリギリかな?と思った。

そのことを友人に話すと、一緒に行こうと盛り上がり、そのままエントリーしてしまった。
さぁ、温かくなったらしっかり練習するぞと思っていたが、仕事が異様に厳しくなり、さらに2月末には腰のヘルニアで入院してしまった。
左脚に麻痺が出て、寝返りさえ困難。
歩くなんて5mでも無理な状態で、3月は寝たきりの日々が続き、足腰がすっかり萎えてしまった。
大会1ヶ月前でも前屈みになることが難しく、重たいモノは全く持てない状態。
主治医の先生に相談すると、しばらく考えた後「自己判断で出られると思ったら出てもいいですよ」と言われた。
何とかリハビリしなければならないが、まだランニングは痛くてできないので、日々の通勤を徒歩にした。
往復で9km、1日約2時間の運動だ。
これで徐々に脚と腰回りの筋肉が戻ったように感じた。
もちろん、本調子ではないけれど。

自転車は4月の半ばに軽く40kmくらい走って、4月の終わりに80km走ってみた。
腰は何とか大丈夫。
これなら行けると判断し、大会の前日、大分へ向かった。

当日は朝6時に起き、前日の夜にコンビニで買ったおむすびと味噌汁をお腹に入れる。
自転車レースは長丁場なので、しっかり食べておかないとエネルギー切れが起きるのだ。
僕も一度経験したが、これはもの凄くツラい。
その時の反省もあり、背中のポケットには専用の補給食をたっぷり入れた。

一緒に出場したのは、
むさしさん:http://twitter.com/#!/634co
の2人。

受付をして初めて発覚したのだけど、今年から全員同時のパレードスタートではなく、3回に分かれての時間差スタートになっていた。
僕とネコ吉さんは幸い第1グループだけど、むさしさんは我々の30分後にスタートする第3グループ。
30分も時間差があれば10km〜15kmの差がつく。
頑張って追いついてねと言いながら、こりゃ厳しいなぁと思っていた。

スタートしてすぐに僕はネコ吉さんの後ろに入る。
今回は僕が病み上がりなので、ネコ吉さんがサポートを買って出てくれたのだ。
ロードバイクに乗っている人なら誰でも知っていることだが、人の後ろを走ると本当に楽。
特に向かい風では疲れ方が全く違うのだ。

スタートしてすぐに山の中に入る。
ちょっとした坂をダラダラ登って一気に下り、次の坂を登ってまた下るの繰り返し。
一つ一つはそれほど急坂ではないけれど、常に登りか下りなので徐々に倦んでくる。

また、トンネルが多いのにも参った。
トンネル内の事故が多いと聞いていたので、最初から最後までテールランプを点滅させて走り続けたが、中には全く灯りのないトンネルもあり、一瞬だけど地面を見失ってしまった。
ヤバい!落車する!と思った後、再び地面が見えたので助かった。
登りでなければ時速30km以上で走っているため、落車すると自分のダメージも大きいが、後続車を巻き込む二次災害がもっと怖い。
おそらく何台も巻き込んだ大事故になってしまうだろう。

スタートから32kmで第一エイドがあり、水を補給してトイレを済ませる。
腰はまだ大丈夫だったし、天気予報ではにわか雨が降るとのことだったが、ぎりぎり雨は落ちていない状況だった。
52kmの第二エイドまでも山道で、ダラダラと登りと下りを繰り返す。
この辺りに激坂があると聞いていたが、まだそこまで酷い坂はなかった。
ただ、ネコ吉さんの登坂速度に付いて行けなくて、頂上で彼を何度か待たせてしまった。
登りはやはり腰にダメージがあるのだ。

70kmの第三エイドに着くと、梅干しと漬物の振る舞いがあり、これが滅法旨かった。
身体が塩分とクエン酸を欲しているのだろう、僕は梅干しを4つも食べ、漬物もバリバリ食べた。
ここでスタッフのおばちゃんが「梅干し食べて地獄の坂を登るんよ〜!」と教えてくれた。
途中の案内看板にも地獄の激坂と書いてあり、最大の難所であることが判る。
どんな坂なんだろうとドキドキしながら先へ進んだ。

エイドを出てすぐに1km以上の長い坂があり、確かにうんざりしたけれど、地獄と呼ぶほどではない。
インナーローでゆっくりと着実に登った。
すると、その先に「急な登り」という看板が出ている。
左折すると、おぉ!これまでで最大の斜度だ!と思える坂が出現した。
しかし、距離がかなり短くて、僕は頂上から先にもっと酷い坂が待っていると思って登ったが、あっさりと終わってしまった。

ネコ吉さんは「これが地獄の坂か?」と拍子抜けな様子。
確かに、しまなみ海道の因島の北側や大三島の西側に比べると全然楽。
本物の激坂は、下から見ただけで心が折れそうになるけれど、そんなレベルではないのだ。

一部の本気度が高い選手たちは坂道でもグイグイ飛ばしていたが、大部分の選手は平地でびゅんびゅん飛ばしている割には山道で遅い。
僕でも追い抜くことがあるくらいで、ネコ吉さん曰く「平地ばかりだから登りの練習が足りないのかもね」とのことだった。

93kmの第四エイドは昼ご飯で、両手に持ちきれないほどの料理が出た。
豚汁、たこ焼き2個、バナナ1本、イチゴ6個、鶏の唐揚げ1個、切り干し大根、ヒジキ煮、漬物、おむすび3個、パン1個という内容。
煮物や味噌汁の味付けが濃すぎるのには参ったが、パン以外は全部食べた。
パンはビニール袋に入っていたので、そのままスタッフに返した。

ここで50分くらい休憩したのかな。
むさしさんを待っていたが来ないので、先に出発してしまった。
あとから話を聞くと、むさしさんが到着した頃には豚汁、たこ焼き、おむすび、イチゴくらいしかなくて、しかも「早く食べないと足切りですよ!」と急かされたらしい。
30回も開催しているのに、ちょっとこれは稚拙だ。

第四エイドを出て、制限時間の8時間には何とか間に合いそうだなと思いながら走っていると、登り坂の手前でネコ吉さんのチェーンが外れた。
僕もコースアウトして、大丈夫?と声をかけながら、すぐに直ると思った。
チェーンが外れたくらいなら3分もあれば十分だ。

しかし、フロントギアとフレームの間にチェーンが落ちてしまい、どうやっても元に戻らなかった。
仕方がないので後輪を外し、本格的に直そうとするがどうやっても引っかかって抜けない。
新品のバイクなので、何とか傷をつけずに直そうとするが、何度やっても無理だった。
こういう時のためにメカニックが走っているのではないか?と待ってみても、全くやってこない。
どうやらこの大会では、そういうサポートは行われていないようだ。

ネコ吉さんが購入した自転車店に電話したが店休日。
僕が買った自転車店に電話しようとするが登録していなくて、タウンページで探しても電話番号が出ない。
僕がもう1台の自転車を東急ハンズで買っていたので電話すると、店長の瀧川さんが電話に出てくれ、事情を説明するとすぐに理解し「力技で引っこ抜くしかない」と断言してくれた。
ちょうどその時、手伝ってくれた見ず知らずの選手が同じ助言をしてくれたので、ギアを回しながら無理矢理チェーンを引き抜いた。
何とか復旧し、レースに戻ろうとすると、むさしさんが追い付き「どしたんや?」と止まってくれた。
この頃から雨が酷くなったが、3人揃って隊列を組んで進もうとすると、むさしさんはもう脚が動かんと歩き始めた。
僕とネコ吉さんはまだ余力があるので、取りあえず次のエイドまでと思って先を急いだ。

132kmの第五エイドに到着した頃は雨が激しくなっており、運動を止めると身体が冷える。
それじゃなくても雨の日は腰が痛むのに、レース後半ということもあり、僕の身体も結構キツかった。
しばらくむさしさんを待ったが来ないし、ここから時速30km以上で巡航すれば、門限の17時に間に合うと判ったので、最後の力を振り絞ってペダルを踏んだ。
最後なので平地は30km以上のペースで飛ばし、前を行く選手を次々に抜いた。
メカトラブルの30分で、自分たちと同じレベルの選手は先に進んでしまったのだ。

雨は本降りになり、僕はネコ吉さんの自転車が跳ね上げる泥飛沫を全身に浴びた。
背中は自分の自転車の泥飛沫を浴びており、全身ドロドロ。
シューズの中まで水浸しになり、ぐちゅぐちゅして気持ち悪いし、視界が悪くて前が見えない。
僕は大会前に高性能サングラスを買っていたので、何とか無事に走ることができたけれど、そうでなければ眼に雨や泥が入って走れなくなっていただろう。

残り5kmの看板を見た後は、さらにペースを上げたが、ゴールしたのは17時を2分過ぎていた。
トータルでは8時間10分。
ネコ吉さんはメカトラブルがなければと悔やみ、僕に申し訳ないと言ってくれたが、僕は彼に最初から最後まで引っ張ってもらったから完走できたのだ。
トラブルなんて誰に起きるか判らないのだし、それらを全部含めてレースだと思う。

むさしさんも我々に遅れること10分ほどで無事ゴール。
ゴールの余韻に浸る暇もなく、とにかく寒くて寒くて震えが止まらないので、駐車場へ移動した。
実はスタートとゴールが6kmも離れており、ゴール後さらに6km走らなければ帰られない仕掛けになっているのだ。
震えながら駐車場に辿り着き、かじかむ手で前後輪を外し、ざっと雑巾で掃除して車に積み込んだ。
この時が最もツラかった。
疲労に加えて身体が芯まで冷えており、口を開くのも億劫なほど。
何とか宿へ辿り着き、着替えを掴むと直ちに風呂へ飛び込んだ。

その後はドロドロのウェアを洗濯して部屋に干し、晩ご飯を食べに出かけた。
この日の状況はツイッターに随時投稿したので、写真付きでご覧いただける。

走ってみて思ったのは、広島に住んでいる我々が普段走っている、しまなみ海道やとびしま海道は、本当に素晴らしいコースだということ。
起伏に富んだコースといい、景色の美しさといい、本当に恵まれたコースだ。

昨年出場した「しまなみアイランドライド2010」や「安芸灘とびしま海道オレンジライド2010」の大会運営も素晴らしい。
僕だけでなく、ネコ吉さんやむさしさんもそうだけど「ツール・ド・国東」は歴史のある大会だから、もっと大きなお祭りだと思っていたのだ。
しかし、メカニックもいないし、ショップの出店もない。
スタートは地味だし、ゴールは拍子抜けするほど呆気ない。
ゴール前の盛り上がりがなくて、あれ?ゴールなの?という感じなのだ。
さらにゴールした後もカボスジュース1本で終了。
マラソン大会も含めて、これほどあっさりした大会運営は初めてだった。

ただし、エイドの食糧はとても充実していて、バナナなどは常に置いてあったし、最後まで補給食で困ることはなかった。
これが「おせったい」と呼ばれる、この大会の特徴だと思った。
ただ、あとのことを考えずに接待してくれるためか、むさしさんは「俺、バナナは1本しか喰えんかったよ」とぼやいてたが。

さらに後日談があり、広島に帰って自転車を降ろしていると、僕の自転車の後輪がパンクしていたのだ。
いわゆるスローパンクチャーというヤツで、おそらくレースの後半には徐々に空気が抜けていたと思われる。
もし、ゴール直前でパンク修理をやらなければならない状況になっていたと思うと、考えただけでゾッとする。
時間もロスだし、雨中で手がかじかんで動かないから、大変な作業になっていただろう。
ゴール後だとしても、冷えきって震えながらの作業になることは変わらないのだから、駐車場まで自走できたのは本当に幸運だった。

こうして僕の初センチュリーライドは終了した。
腰へのダメージも思った以上になかったので、これからまた本格的に練習する予定。
次の目標は、9月18日(日)の「しまなみアイランドライド2011」だ。
今年は昨年諦めた、最難関の190kmコースに出場したいと考えている。

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友人から「ワニを食べに来ません?」と言われて、最初、僕はサメのことだと思った。
我が家のルーツは庄原市なので、子供の頃からサメはよく食べている。
今さら珍しい食材ではない。

そう言うと、その友人が「違うんよ。アリゲーターのワニなんよ」とのこと。
あ、そっちのワニか。
過去に食べたことはあるけれど、さほど旨いとは思わなかった。
しかし、この手の食材は、一度や二度食べて評価を下すのはとても危険だ。

なぜならば、食材が珍しいだけに、適切な屠殺法と、適切な熟成管理、最も適した調理法が伝わっていないことが多いからだ。
まず、どんな肉でも屠殺がダメだと全くダメである。
牛でも豚でも鶏でもそうだ。
ただ、日本においてこれらはかなり管理されているから、酷いものはそう出回らない。

しかし、魚の場合は結構ダメなものが出回っている。
網などで大量に捕獲したものは、網の中で圧迫死した上に身焼けしてぐずぐずになり、血抜きもされず、腸抜きもされず、氷の中で放置されるから、状態はかなり酷い。
実は魚というのは、鮮度よりも手当のほうがよほど重要なのだが、このことを理解している人が少ないから、状態の悪い魚が普通に流通している。

もう少し言えば、ジビエも同じで、鹿や猪は適切に処理されたものであれば、スーパーの国産牛よりも癖がなく、旨味と香りは何倍も深い。
言い尽くされた言葉だが、不味い食材はない、あるのは不味い料理だけなのだ。

さて、ワニ料理である。
旨いけれど扱いは難しい食材らしく、料理人と話をすると、火入れが特に繊細とのこと。
すぐに硬くなるから、火入れは軽くが基本らしい。

一品目はワニ肉だけを使ったスープを出してくれた。
これが非常に面白い味で、その時は気付かなかったけれど、以前、蛇のスープを味わった時の印象に近かった。
多分、普通の人であれば濃厚な鶏肉スープ、少し食の経験がある人なら雉肉のスープと思うのではないか。
それくらいさっぱりして滋味深い味わいだった。

それ以外にも色々出してくれたが、出色だったのは細切りにしたワニ肉と、マコモダケと山クラゲを海老子で炒めた料理。
これは絶品だった。
キュッと締まったワニ肉の内側から出て来る旨味と、表面の海老子の旨味が相乗効果で、食べるのが惜しいほどだった。
ワニ肉は冷凍品しか入荷しないらしいけれど、これは食べる価値があると思う。
特に尻尾の肉の旨味が深かったし、脂身が透明でぷりぷりしてゼラチン質が多く、クリアな味わいだったのが印象的。
養殖とかされていないのか、値段が高いのが難だけど、食べることが好きな人ならば食べる価値があると感じた。

その他、この時に食べた料理で珍しかったのは雷魚の炒め物。
僕はハノイの「チャーカーラボン」という雷魚料理の老舗で食べたことがあるけれど、日本では普通、食べられるところがない。
それほど珍しい生き物ではなくて、実家の近所の池にも棲んでいるのだけれど。

この雷魚も旨かった。
「チャーカーラボン」でも感じたけれど、ほっこりしていて脂の旨さではなく、身の味の深さで食べさせる魚なんだね。
皮も旨かったし、少しパサつきはあるものの、旨味の濃い身の味は素直に旨かった。
僕はある種の魚の不自然に多い脂に飽きつつあるので、こういう魚っていいなぁと思った。
ちなみにこの雷魚もきっちり手が入っていて、捕らえてから1ヶ月間清流で泳がした上、活きたままおろしたから、これほど旨かったのだと思う。

ちなみにこれらの料理を作ってくれたのは、福山市の中国料理店「蓮華」。
今回はたまたま面白い素材があったので出してくれたが、普段からこういう特殊素材を用意している店ではないし、雷魚なんかは僕が喜ぶから出してくれたのだと思う。
こういう食材は知らない客に提供するのはリスキーすぎるからだ。
よって、興味がある人はオーナーシェフに相談してみてほしい。
一見すると寡黙で取っ付きにくいが、非常に懐の深い人だから、材料が入手できれば作ってくれるかもしれない。

保証はできないけれど(笑)。