目標のある生活

先週、複数の人から「なぜそんなにストイックなのか」と問われた。
自分ではそう思っていないので、そうかな?と答えた。
友人たちと遊ぶことも多いというか、むしろ遊び過ぎないよう、セーブしているくらいだ。
しかし、彼らの指摘はそこではなく、日々の運動のことらしい。
朝早く起きて走ったり、仕事が終わって泳いだり、週末にサイクリングしたり、そういう生活が禁欲的に映るらしいのだ。
確かに運動のことを考えると、色々と無茶はできない。
例えば飲み過ぎで肝臓が弱っているとエネルギーとしてグリコーゲンを使う長距離は苦しくなるし、二日酔いの脱水状態で運動をするのは危ない上に楽しくない。
時々やってしまうけれど、無茶に食べるのもNGで、体重が増えるとウエイトを付けて運動しているのと同じなので、やはり苦しくなってしまう。
寝不足もそうで、運動後にしっかり休息しないと筋肉の回復が望めないし、回復しないと次の運動が行えないし、レベルアップしない。
だから僕は飲み過ぎや食べ過ぎに注意しながら、自分のレベルに応じた運動を行って、しっかり休息している。
そういう生活サイクルは通常、禁欲的に映るのだろう。
また、最近はヘルニアや交通事故に遭いながら、しばらくしたらスポーツに復帰するので、なぜそこまでするのか?と思われるようだ。
理由を述べるならば、僕には目標があるからだ。
僕には「70歳になっても現役の競技者でいる」という目標がある。
これがモチベーションだ。
今からどんなに頑張っても何かの大会で優勝どころか、入賞すら不可能だろう。
そういう意味では優れた競技者になることはできないが、息の長い競技者にはなれるのではないかと考えている。
僕はこれからの人生を、現役の競技者として過ごしたいのだ。
そのためには少しくらい痛いからといって運動を止める訳にはいかない。
痛ければ痛いなりの運動を行えばいいのだ。
今後、年齢を重ねれば様々な故障が出てくるだろう。
その度に休んでいたら、目標である70歳の競技者は実現できない。
だから少しくらい痛くても運動する。
目標が明確であれば、それに向かってどのように行動すべきか、自然と答えが導かれる。
今の僕の生活パターンは、その目標に基づいて定められている。
そして、長期目標達成のための短期目標も定まってくる。
 ○ 9月の160km自転車レースで8時間以内の完走。
 ○ その一週間後の24時間リレーマラソンで、自己最高距離の走破。
 ○ 11月の国際平和マラソンで40分台の完走。
これらの短期目標がどれだけ実現できるか判らないけれど、そのためには練習するしかない。
自分で定めた目標に向かって努力することは、極めて個人的ではあるけれど、素晴らしい経験だ。
もちろん、僕がこのサイトを始めるにあたって掲げた「広島の食文化を向上させる」という目標も下ろしてはいない。
これからは二つの目標が僕の人生の行動指針になるだろう。
なお、プライベートだけではなくて、仕事における目標もあるけれど、それはちょっと秘密にさせてもらいたい(笑)

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