ラーメンって好みだよね

普通にラーメンの話をしている中で、非常によく聞く言葉だ。
通常は僕も黙って聞いているが、心の中では「本当に好みか?」と突っ込みを入れている。
この言葉を僕に言わせれば「好き嫌いと旨い不味いの混沌な人が多いからね」となる。

例えば僕は、油脂の多いラーメンが苦手である。
しかし、食べて旨いか不味いかは別の話。
油脂が多かろうと少なかろうと、旨いラーメンは旨いし、不味いラーメンは不味い。

結局のところ、ラーメンは味ではなく、好みで語られることが多い料理ということなのかもしれない。
いや、ラーメンに限らず、他の料理でもその傾向は強いけれど。

もちろん僕にも好き嫌いはある。
例えば、マヨネーズが大量に使われている料理は嫌いだ。
しかし、マヨネーズを否定している訳ではない。
手作りの作り立てマヨネーズは好きだし、既製品でも旨いものはあるし、過剰でなければ普通の市販品でも旨いと思う。

しかし、好き嫌いはかなり少ないほうだと思う。
「嫌いなものはある?」と訊かれてもしばらく考えなければ答えられないくらいだ。

やはりそれは、色んなものを食べ歩いたからだと思う。
多様なものを食べるということは、多様な価値観に触れるということでもある。
それを文字通り咀嚼し、嚥下して血肉にすると、その価値観が理解できるようになる。
例えば、喧嘩相手がなぜ怒っているのかが腹の底から理解できれば、もう喧嘩が出来なくなるように、価値観が判れば嫌いにはなれない。
そうやって、僕の嫌いなものは徐々になくなってきたのだろう。
昔は、普通にピーマンや人参が嫌いな子どもだったからね。

僕が思うに、ラーメンを好き嫌いで語る人たちは、まだ経験の絶対量(この場合は食べ歩き)が足りていないのだ。
ラーメン王たちのように年間1,000杯前後食べるのはちょっとどうかと思うけれど、年間200杯(同じラーメンはNGなので200種)でもいいから、5~6年くらい続けたら感じ方が変わるはず。

実際、ラーメン王と呼ばれる人たちと食べ歩きしていると、ラーメンの旨い不味いの判断は、ほぼ共通する。
お互い初めて食べる店でも「ここは旨かったなぁ!」と言えば「うん、凄いね!」となるし「これはちょっと・・・」と言えば「気を取り直して、次行こ!」となる。
もちろんその後に「僕には油がキツイけど」とか「もう少し麺が柔らかくてもいいな」とか、好き嫌いに属する感想も入るけれど。

ただし、普通の人たちがそこまでラーメンに関して経験を積む必要があるかと問われれば、否である。
誰もがファッションモデルのように服を着こなす必要や、誰もが高名な建築家が建てた家で暮らす必要がないように、ラーメン(=食)に対して精通する必要はないからだ。

だから料理や食べ物にさほど興味ない人たちが、好き嫌いだけで「どこが旨いか?」を語っていても、彼らの会話の楽しみを邪魔したくないので、僕は会話に加わらない。
意見を求められても、あまり喋らない。

そして「ラーメンって好みだからね~」とお決まりの言葉が聞こえて来ても、あやふやに微笑むだけで何も言わないのだ。

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