玉子かけご飯と汁なし担々麺に共通する禁忌

最近、第二次汁なし担々麺ブームとも言える状況にある。僕の周囲では絶え間なく盛り上がり続けていたが、今回は普通の人たちを巻き込んでいる。

これまでは元祖である「きさく」がぶっちぎりに旨くて、その他の店は形だけ真似て本質を理解していない店が多かった。しかし「麻辣商人」が出来て「梵天丸」が出来て、そして何よりも「國松」が出来て、状況が変わってきた。それぞれ「きさく」とは異なる方向ながら料理としての完成度が高く「きさく」以外の旨い汁なし担々麺というバリエーションを楽しめるようになった。これはローカルフードとして盛り上がるために最も重要なことで、どこかの店が一人勝ちになってしまってはダメなのだ。

そんな中、汁なし担々麺について、一般的に深く誤解されている部分があるので指摘したい。これはかなり重要な指摘だと僕は考えている。

しかし、その前に、まずは玉子かけご飯の話をしたい。昔の快食ログに書いたことがあるけれど、僕は玉子かけご飯の「正しい」食べ方を発見した。唯一無二ではないし、適度にアレンジしてもらって構わないが、玉子かけご飯という料理の大きなフレームとして、僕の中で結論が出たのだ。

最も大切なことは、 ○ ご飯にかける前に玉子を混ぜてはいけない ○ ご飯にかけてからも混ぜすぎてはいけないこの2点がポイントだ。

説明しよう。玉子は別皿に割り落としてもいいし、直接、ご飯の上に割り落としてもいい。玉子の新鮮さを確認したかったり、カラザを取り除く場合は、別皿に割り落としたほうがいいが、どちらにしても大した問題ではない。

ただし、ご飯の温度が熱すぎてはダメ。なぜならば、白身は56度くらいから粘度が上がり、80度で熱凝固する。黄身は64度ぐらいから粘度が上がり、70度で熱凝固する。黄身の適度に加熱された濃厚な旨さと、白身がゼリー状になった時の最も旨いタイミングを引き出すならば65度前後が適切なのだ。炊き立てのご飯では熱すぎるから、少し冷ましたほうがいい。

なお、玉子かけご飯の最もスタンダードな食べ方として、別皿に玉子を割り入れ、醤油を加えて攪拌した後、ご飯にかけるというのがある。僕はこの食べ方を正しくないと考える。

玉子は液状卵白、濃厚卵白、卵黄の3つの素材から成り立つ食材だが、攪拌してしまうとそれぞれの要素が楽しめなくなるからだ。さらに醤油まで加えて均一な味にしてしまうのは明らかに乱暴。醤油味の全卵液という新たな素材を作ったのかもしれないが、それを作ることが真に旨い玉子かけご飯という料理に結実するのか、疑問を抱かなければならない。

ではどのように作るべきか。ご飯の中央を窪ませ、そこに混ぜていない玉子を落とし、醤油を適量かける。玉子の上から醤油をかけても、そのまま滑り落ちてご飯に醤油が染み込むだろうが、それでいい。

食べるときには黄身を崩し、大きく混ぜてご飯の白い部分や、醤油が染みた部分がまだらになった状態で食べ始めるのだ。この際、食べ方にコツがある。醤油の染みたご飯に黄身の部分を絡めて食べると、濃い黄身の旨さが楽しめる。濃厚卵白のぷるぷるしたゼリー状の部分をご飯と一緒に食べると、白身ならではの旨さがあることが判る。そして口直しに白いご飯部分や、醤油ご飯の部分を食べるのもいい。ご飯に醤油をかけただけの醤油ご飯も少量であればオツなものだ。

ポイントはそれぞれの旨さの違いを楽しむこと。食べながら徐々に混ざってくるので、最後は完全に混ざった味も楽しむことができる。つまり玉子かけご飯は、(液状卵白+濃厚卵白+卵黄)×醤油×ご飯の順列組合せを楽しみつつ、最後に混沌とした旨さを堪能する料理なのだ。

しかし、最初から均一に混ぜてしまうと、最後まで同じ味が続く。どんなに旨い料理でも、同じ味が続くと味覚疲労が起きる。簡単に言えば飽きてしまうし、黄身だけ、白身だけの旨さを楽しむことができない。これは料理的欠陥ではないだろうか。

敢えて不均一に混ぜ、箸の運び方で変わる味わいを楽しむ。食べ方の技術が向上すると、玉子かけご飯が旨さはさらに向上する。僕は、この玉子かけご飯が料理的に「正しい」と思うのだ。

そして、ここまで書けば僕の言いたいことはご理解いただけると思うが、汁なし担々麺も混ぜすぎるのはよくない。理由は既に述べた通り。均一な味になってしまうからだ。

混ぜれば混ぜるほど旨くなると述べる店もあり、混ぜることによって旨味の総量が増加するのならば、その主張は正しい。しかし、僕はそのような経験をしたことがないし、料理理論としても理解できない。それどころか一生懸命混ぜれば麺が切れたり、不快な粘りが出る。料理の温度が下がり、山椒が油脂にマスキングされて風味を損なう。逆に混ぜすぎることによる良い部分はないと言っていい。

ではなぜ、混ぜろと指示されるのか。これは料理の成り立ちを考える必要がある。汁なし担々麺という料理は今でこそ一般的だが、最初は食べ方すら理解してもらえなかった。これは「きさく」の店主がインタビューにそう答えているので間違いない。出されたまま、ロクに混ぜずに食べて、なんだこりゃ?と不満を言う客のために「混ぜれば混ぜるほど旨いですよ」と詭弁を弄する必要があったのだ。

ではなぜ、最初から混ぜて出さなかったのか。これは僕の想像だが、本場でそうやって出していたから、というのが一つ。#ただし、これは元々麺とソースを別々に担いで売っていたためと思われる。

もう一つは「きさく」が注文を受けて調味料を調合していたからではないかと思う。最初から混ぜて置けば楽なのに、客の注文に応じてカスタマイズしていたので、混ぜ置きはできなかった。また、混ぜてしまうことによる香辛料の変質を防ぎたかったのかもしれない。様々な香辛料を混ぜて置くと、次第に馴染んでカレー粉としか言えない香辛料になってしまうよう

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