TOP

Log25

2005/11/29(火)
旨いカレーと姦しい人達
今日の昼は旨いカレーを食べた。

ちょっとカフェっぽくはあるけれど、静かで落ち着いた店内は居心地が良くて、ほっとした気持ちで料理を待っていた。

しかし、そんな静かな雰囲気も束の間、入口付近がヤケに騒がしくなり、中年の女性が5〜6名でドカドカと入ってきた。
店に入るなり、アラ、ここがいいじゃないとテーブル席を占拠。
直ちに大きな声でどれを注文するかディスカッションを始めた。
それぞれが自分の食べたい料理を注文すれば良いのだから、話合う必要は全くないと僕は思うのだが、ガー、ガー、ガーと壊れたスピーカーのように大声で喋り続けている。

よほど「もう少し静かにできませんか」と言おうとしたが、カレーが運ばれてきたので料理に集中することとした。
これが他の料理なら言ったかもしれないが、カレーだから食べるのはあっという間で、我慢する時間は短くて済むからだ。

カレーは以前に食べたものより旨く、嬉しい気持ちで食べ進むのだが、声が無駄にデカイので彼女達の喋る声が否応なく耳に入る。
自分の夫について、ぐずぐずと愚痴を述べるのだが、何で僕がそんな話を聞かされなければならないのだ?
大変、不愉快だ。

そもそも、言いたいことがあるならば本人に言え。
相槌を打つだけの人間に問題提起しても、事態の改善には繋がらんだろう。
問題解決の技法、というかそれ以前だ。
そもそも、問題を解決する意思がないなら別れるべきだろう。
問題の共通認識があるにも関わらず、改善が見込めないものを維持するのは、様々な意味で無駄だ。

僕は、不愉快を通り過ぎて醜悪と感じ、その集団に目を向けることすら憚られた。
リソースを奪われるのは、聴覚だけで十分だ。

それにしても、もう少しカレーの旨さを感じたかった。
鮨店とかでも感じるのだが、傍若無人な人達って何とか排除できないものかな。


2005/11/27(日)
Yシャツの「こだわり」
ふぅ。

つい先ほど、Yシャツにアイロンをかけ終えた。
何枚かけたのか数えてみたら12枚。腕が疲れるはずだ。
所要時間はちょうど1時間だった。1枚5分見当だ。

僕は全く洒落者ではないけれど、Yシャツは基本的に100%コットンでなければダメだ。
夏用にノーアイロンシャツを2〜3枚持っているが、できるだけ着ないようにしている。
ポリエステルとかが入ると、肌触りが悪いし、汗を吸わないし、一日中不愉快に感じる。
真夏にはアイロンかけが暑くて嫌なので、我慢してノーアイロンシャツを着ることがあるけれど、着るたびに不快になる。

シャツは家で洗濯するので、当然、しわくちゃになるが、それにアイロンをかけて行くのはなかなか面白い作業だったりする。
昔はアイロンかけってすごく嫌だったが、妻に「自分のシャツは自分でアイロンをかけるように」と教育され、いつの間にやらどこか楽しんでやっているのだから僕も飼い慣らされたものだ。

Yシャツのメーカーはほぼ決まっていて、ポール・フレドリックがお気に入り。
中でもブロードクロスじゃなくて、二重織りのピンポイント・オックスフォードか、ロイヤル・オックスフォード。
この二つの生地が好きなのだ。
http://www.rakuten.ne.jp/gold/america/

以前は日本の代理店があったのだが、それがなくなり、関税が必要だったりして、面倒なのだが、最近は楽天市場で取り扱いが始まっているので、少なくとも日本語で注文できるのはありがたい。

値段的には普通なのだが、この値段で良いシャツがなかなか手に入らないのだ。
僕が十分に探していないだけかもしれないけれど。

こう書くと「こだわり」とか言われることがあるのだが、そう、こういう姿勢が「こだわり」と呼ばれるものなのだ。
真の洒落者であれば、より良いYシャツを求めて、さらに探求を続けるだろう。
品質だけでなく、コストパフォーマンス的にも、もっと良いものが探せばあるに違いない。
だけど僕はそれをしない。要は、思考停止してしまっているのだ。
つまり、思考停止=こだわりだ。

そんなに頻繁に買う物ではないから、費用対効果的に納得でき、耐久性やメンテナンス性について、これまでの経験で知り得た他の製品に比べ、優れていることが判っているというだけに過ぎない。
ベストかどうかなんて判らない。判るわけがない。

しかし、とりあえずはこれでヨシとしているし、長く使うものなので、冒険をしないだけなのだ。
料理や飲食店については、全くこだわりはないのだけれど、Yシャツについてはこだわってしまってるんだなぁ。
どんなものであれ「こだわる」という姿勢そのものが、惨めで悲しいものだけど、人生の時間は有限なのだし、ある程度は諦めるしかないのかもしれないなと思う。

でも、願わくば、もっと安価で素晴らしいYシャツを着て生活したいなぁ。


2005/11/24(木)
たまには休肝日とか
今日も活動しているうちに日付が変わってしまった。
いつものことだけど、眠いので手短に報告。
オチもなし。

火曜日の夜には友人達と飲みに行き、久しぶりにしっかりと飲んだ。
最近はそこまで飲むことはないのが、二日酔いにならない程度の深酒というのもストレス解消になって良いものだ。

で、昨日は充分飲んだし、今日は仕事をしていないのだから、休肝日とした。
そうと決まれば、早いこと晩御飯の準備をして、お腹にご飯を入れることが肝要。

僕は休日に料理するときは、どうしてもビールを飲みながら、つまみ喰いしながらやってしまうので、それを避けなければならないのだ。
で、メインは丼にすることを決めた。
丼をアテに酒を飲むことはできまい。
(↑誰に言っているのだ)

冷蔵庫に牛脛肉の旨い煮物が作り置いてあったので、赤ネギとともに炒め、味を少々直し、玉子で閉じ、丼に仕上げた。
ベースのしっかりした旨い料理があれば、展開料理はとても簡単だ。

これに朝、作っておいたけんちん汁を合わせれば、どうにか夕食になった。
(その他はキンピラゴボウ、昆布の煮物、ひじき、漬物など)
しかし、汁物は作ってすぐが一番旨いね。
温め直すと、どうしても煮しじれた風味が出てしまうので、黒七味で誤魔化した。

そろそろ温かいツユを使った料理が恋しくなりますね。
そろそろ我が家の定番、一人鍋をやりますかな。


2005/11/22(火)
一つの料理が作り手の人生を映すこともある
今日の昼飯は酷かった。

家庭料理を標榜する店が増えているように思うが、あまりと言えばあまりな料理を出す店があるのは、作り手の家庭の料理がそうなのだろうか?と思わずにはいられない。

何故、11月末の広島で冷凍食品の牡蠣フライを食べなきゃならんのだ?
牡蠣が売ってないとは言わさんぞ。
また、筑前煮とかに入れる場合、絹さやというのはぐずぐず煮込むもんじゃないんだよ。
色も味も悪くなるだろうが。
その色を補うためにピンク色の蒲鉾を入れたのかも知れんが、それを蛇足というのだ。
そもそも定食をメインにするなら、ご飯くらいマトモに炊け。
朝に炊いたご飯を昼まで保温して出すなんて、客を馬鹿にしてるのか。
「ポプラ」のご飯のほうが確実に旨いぞ。

素人臭いということは、=ピュアであるというイメージがあるけれど、単に無知なだけのピュアもある。
今日の店はその典型だった。

なお、この手の人を見分けるのは容易だ。
「そんなことは、普通、知らないでしょ」と、自らの不知が正当であるかのように語るのが特徴。
そういう人とは関わらないほうが安全だ。
なぜ、知らないことを誇るのか、僕にはさっぱり判らないのだが。

不知とは、無理にでも、自分が幸せであると思い込むための常套手段なので、幸せ感を維持するために、情報をシャットアウトしているのかも知れないが、それは間違いなく不知のスパイラルを生む。
知らない、というか、知りたくない、知ろうとしない人生は、思考停止なハッピーを約束してくれる。
しかし、僕は落ち込んだり、悩んだりしながらでも、無知の知を追う人生のほうが好きだし、真っ当と思うな。


2005/11/22(火)
新たな手帳の高揚感
あれ?気が付くと日付が超えていたりするのだが週末に書けなかったので、まとめて2つ書きたい。

先週末はラジオ出演もあったりして、非常に忙しかった。
その辺りのことは追々書くとして(ホントか?)、今年の手帳が届いたので報告。

つまり嬉しい訳ですね。
個人的には新しい手帳って何だかワクワクするのだが、きっとこれはほとんどの人が同じと思う。

これまではシステム手帳を使っていたが、来年から「ほぼ日手帳」へ切り替えることにした。
http://www.1101.com/store/techo/

これは「ほぼ日刊イトイ新聞」の企画から生まれた手帳で、遊び心と生活をデザインする意思が透徹しているのが特徴。
便利なだけの手帳なら、他にも色々あるけれど、使って楽しい、書きたくなる手帳というのはなかなかないと思う。

とはいえ、僕はこれから使うので、どれだけ使い込むか判らないんだけど、早速、データの引き継ぎをコリコリ書き込んだりしているので、幸先は良いようだ。

ペンはデフォルトで使い易い三色ペンが付いているが、僕は使い慣れたクロスでいく予定。
人より手はでかいのだが、ペンは細いものが好きなのだ。

最近、ひたすら暗い気持ちになることが多いのだけど、身近な物に遊び心とお気に入りを散りばめて、何とかこの波を乗り切りたいと思う。


2005/11/16(水)
金屋町の「とんき」
帰宅したら日付が変わっているのだが、何だか目が冴えているので、晩飯を食べ(今日は肉団子だ)、ビールを飲みつつ、パタパタと。

今日は昼間からとても寒かったので「ぞうすいや」に行こうとしたが、休みだった。
これで3回くらい振られている。
店頭には、本日は休みますと書いてあるけれど、その本日っていつの日のことなのか判らないんだよね。
もしかして、このまま閉店なのかなぁ。
雑炊の季節ってこれからなのに、残念なことだ。

で、周辺をウロウロしていたら「とんき」というトンカツの店を発見した。
あれ?このロゴはアルパーク隣の、あの「とんき」と一緒じゃないかと思い、支店があったとは知らなかったなぁと考えつつ、暖簾をくぐった。

献立にはカツ重がある。
カツ丼ではないところが同じだし、使っている器も同じ種類だ。
でも、ここにはカツカレーがあるので、それが違うな。

そんなことを思いつつ、ロースカツ定食を頼んだ。
「とんき」の暖簾を見たときから予想していたけれど、1,000円未満の料理はなくて、カツカレーでも1,000円、ロースカツ定食は1,300円だ。
雑炊を食べるつもりが、ほぼ倍の金額になっちゃったなと思ったが、結果的には、夜に残業していてもそれほど腹が減らずに済んだので助かった。

細かな部分まで本当にアルパーク隣の「とんき」とそっくりで、キャベツの追加の仕方まで同じだったが、帰り際に確認すると、関係はないと言われた。

いや、これだけ徹頭徹尾似ていて、関係ないと言うほうが不自然でしょ?と思ったが、僕はそういうのは追求しないので、あ、そうなんですか、と聞き流した。
たぶん、様々な大人の事情というものがあるのだろう。

それにしても面白かったな。
金屋町の路地裏にあるので、興味ある人はどうぞ。
ただし僕は、肉の質、揚げ方、ご飯の状態、味噌汁、キャベツの部分でアルパークの隣にある「とんき」のほうが勝っているとは感じた。
金屋町の店がもう少し安ければありがたいんだけどな。


2005/11/12(土)
反省しながら懐かしのウイスキー
今日は午前中から岡山の方をご案内。
11時につけ麺を食べて、ラーメンを2杯食べて、僕はパスしたけれど、汁なし担々麺を食べていただいた。
夕方からは、さらにラーメン2杯。
それにしてもよく入るなぁ。
全て、スープを含めて完食だからすごい。
また、自らの土地を愛しているなぁというのがヒシヒシと伝わって来て、多いに啓発された。
僕は最近、エネルギー落ち気味だからなぁ。反省、反省。

その後、帰宅する前に酒屋でビールを買った。
すると、ウイスキーの棚にBELL'Sが置いてあるではないか。
しかも、1,000円そこそこのすごい安価で売っている。
僕が若い頃は4,000円くらいしたんだけどなぁと思いつつ、懐かしくて、つい買ってしまった。
ま、これからの季節はウイスキーも旨いしね。
#合わせてボウモアも買ってしまった。

ずいぶん久しぶりに飲んでみると、あの頃の出来事が目に浮かぶようで、鼻の奥がつーんとするような、ちょっと切ない気持ちになった。
こういう味が変わらない飲み物っていいなぁ。
そういう意味において、ブレンデットウイスキーはもっと評価されてしかるべきなのかもしれないね。


2005/11/09(水)
釜飯に関する役に立たない考察
数日前、ある店で釜飯を食べた。

僕は以前から釜飯という料理に疑問を抱いていたのだが、もしかしたら、その疑問が払拭されるかもしれないと思い、その店で再度、釜飯を食べたのだ。

が、やはり、これまでに食べたとおりの釜飯だった。

ご飯の表面がべっとり崩れ気味で、芯の辺りが生っぽくてふっくらしていない(軽いホチ飯ですな)。
ダシや塩分が入った汁で炊く以上、モル沸点上昇が起こるのは当然なんだけど、釜飯の釜にはそれを防ぐための工夫がないためと思う。
僕は圧力釜とか使ったらどうなんだろう?とか思ったりするんだけど、民芸調の木蓋をのせた、あの土鍋(または鉄鍋)でなければ釜飯っぽくないよなとも思う。

僕の経験では、年配の人が好む料理という気がしているのだが、若い人も食べたりするのかな?
広島では「酔心」が有名だけど、若い人ってあまり入ってないし、以前、井口辺りに「どんどん」という釜飯の店ができたが、既に閉店したようだし、どれだけ求心力がある料理なのだろう?と思ってしまう。

炊き立てであるということを除けば、しっかり蒸らした炊き込みご飯のほうが僕は旨いと思う。
僕の友人が「熱々ご飯信仰は根強いが、ご飯は炊き立てを十分蒸らした後、急激に冷ましたものが最も旨い。」と言っていたが、釜飯もこの熱々ご飯信仰の一種なのかな?と思う。

それともどこかに僕の考えを覆してくれる、すごい釜飯が存在するのかな?
もう少しじっくり考え続けてみたい。


2005/11/07(月)
やはり「味シメジ」なのかな?
昨日の話だけど、昨晩入力している途中でPCがフリーズしたので、改めて、今日、書くことにする。

忙しさは相変わらず続いていて、先はあまり見えていないのだけど、日曜日には久々に「きん菜館」へ行った。
すると、まだこの時期でもキノコが出ていて、ホンシメジ、カラスタケ(ムラサキミミタケ)、アミタケ(カノコ)を買った。

そうそう。以前、標準和名が不明だと言っていたムラサキミミタケは、カラスタケが正式名称だった。
今回は食べ過ぎないように気を付けなくては。
#「もう食べない」という選択肢は僕の人生にはないのだ。

日曜日には、ホンシメジを食べたのだが、料理はブロッコリーとのバター炒めにしてみた。
キノコの本に、ブロッコリーとのバター炒めは特筆すべき味と書いてあったで、それほど言うなら作ってみようと思った訳だ。
ブロッコリーは小房に分け、硬めに塩茹でしておく。

フライパンに、最初は太白胡麻油を少し入れ、ブロッコリー、ホンシメジの順に加え、熱を入れる。
途中で乾き過ぎないように、日本酒を少々。

バターはルアーパックバターを使い、胡椒は使わず、塩味だけで味をまとめた。
バターがルアーパックということもあるだろうが、とにかく、バターの味が負けるほどの旨味の濃さで衝撃を受けた。
いやー、ホンシメジは汁物にするよりも、炒めたほうが楽しいね。
食べ飽きてきたら、汁物も楽しいだろうが、僕は今回、炒める旨さを初めて知った。

また、ブロッコリーと炒めると、花の部分へバターとホンシメジのエキスが染みて、これまた抜群に旨い。
なるほどー、こういう理屈だったのかと素直に感動しながら完食した。
僕は35歳にして、初めてホンシメジの旨さを理解したかもしれない。
偉そうなことを言っていても、知らないことは全然知らないんだよね。
改めて書くほどのことではなく、極めて当たり前のことではあるんだけれどさ。


2005/10/24(月)
カボチャとイクラ
日付が変わる寸前だが、眠くなってきたので手短に。

これからしばらく仕事が忙しくなりそうだが、とりあえず今日は21時に帰宅した。
すると、旨げな飯が待っていた。嬉しいね。こういうのは。

料理は何品もあったが、旨かったのは牛肉とカボチャと車麩の煮物。
カボチャは鹿ケ谷カボチャとズッキーニを合わせたような、ボーリングのピンのような変わったカボチャを使ったとのこと。
そうそう、この間、見たことのないカボチャだったので、とりあえず買ったんだよね。
#購入先は我が家の定番「三次きん菜館」だ。

このカボチャがきめ細かくて、咽喉につかえる感じがなくて、ホコホコ感の少ない、実に上等なカボチャだった。
そこへ和牛の脂の甘さと、車麩の食感が加われば、想像つくだろうが、やはり旨い。
最近の妻が作る料理の中でも上位グループだな。

それと、昨日「アバンセ」で筋子を買って、下拵えしていたので(これは僕がやった)、イクラご飯にしてみた。
そう、思い出したついでに書くけれど「アバンセ」の魚介コーナーは高級系の魚介ばかりを置いているところが気に入らない。
価格というのは、人が通貨経済の中で勝手に付けているものであり、素材の本質的な旨さとの関係は薄いというのが僕の考えなので、高いものばかり置いているというのは気に入らないのだ。
具体的には、小さなサルエビとか豆アジなどを置いてほしい。
安くて手間はかかるけれど、旨いんだから。

が、しかし、筋子は上等なもののほうが旨い(笑)。
皮がプチプチして、一粒一粒を歯で噛み潰すようなイクラは食べていて鬱陶しい。
そもそも中のねっとりした旨さが損なわれている。

今回の筋子は飲食店でもあまり食べられないくらい上等なものだった。
僕たち夫婦は蟹、海胆、イクラなどの高級系魚介にはあまり食指を動かさないので、これまで敬遠していたけれど、やはりイクラって旨いね。
次回、見かけたら、また買ってみよう。


 OR AND
スペースで区切って複数指定可能
++HOME++
[TOP]
shiromuku(hu1)DIARY version 3.10