>>快食ログのアーカイブ

快食ログ

快食.com管理者、シャオヘイの日々のスクラップ。
更新は書きたいときだけ。疲れてるときは書きません。続けるために無理は禁物(笑)。
最近はほぼ毎日、Twitterで呟いています。
読んでやろうという方はフォローしてもらうのが一番だけど、Twilogでご覧いただくとBlog風で読みやすいです。


2010/03/08(月)
江田島市「かきカキマラソン」10kmコースを走って来た
2月に入ってから仕事的にも忙しいことが多く、充分な走り込みが出来ていなかったが、取り合えず昨年11月の「ひろしま国際平和マラソン」の記録は超えるだろうと楽観していた。

しかし、前日の夜からあまり調子が良くなくて、晩ご飯もあまり食べられず、寝ていると胃痙攣を起こしたりと体調不良のまま当日を迎えることになった。
前日までは雨の予報だったので、降っていればパスしようと思っていたが、雲は多いけれど雨は落ちていなかったので、朝起きて、急遽身支度して出かけた。

宇品から臨時便のフェリーに乗ると、半分くらいはランナーだった。
フェリー内で友人に会い、お喋りしている間に江田島へ。
会場でその他の友人と合流し、その後も友人たちが三々五々集まってきた。

それにしても、会場はほとんど牡蠣祭。
中には走る前に牡蠣汁を食べている人もいる。
確かに天気が悪い上に冷たい海風が吹きまくるので、気持ちは判るけれど、食べた後で走れるのかなぁ?

色々と売られているものを物色していて、走った後でも残っているのか?と思った。
ランナー以外にも客が多く、よさげなものはどんどん売れていたのだ。
おばちゃんに訊いてみると、案の定、走り終わった後には売り切れていることもあるとのこと。
本末転倒じゃん!と思いつつ、友人とシェアして牡蠣バーガーや牡蠣フライを買っておいた。

付き添い&荷物番の友人も到着したので基地を作り、荷物を預けてアップする。
それにしても海風がキツイ。
2週間後の「とびしまハーフマラソン」が思いやられるなぁ。

ランチップによる公式計測がないので、ファンランのつもりで僕は音楽を聞きながら走ることにした。

調子が悪くても、スタートが近付けばアドレナリンが出て力が沸いてくる。
スタート直後は気持ちよく身体を前に進めることができた。
45分を目指していた友人が、3kmまで付いて来ていたので、おっ!と思った。
そのペースで走り続ければ、確かに45分で走れるからだ。
僕は何とかこのまま行けるかな?と思っていたが、4kmくらいで胃痛がズキーン!と来た。

ヤバいと思ってペースを落とす。
一歩毎の衝撃で胃がズキズキする。
レースはこれが4回目だが、初めてリタイアするかも?と思った。
しかし、4kmを過ぎているのだから、リタイアしても歩いて帰るか、少しでも走って帰るかの違いだぞと自分を言い聞かし、少しずつでも前に進む。

ここから後はほとんど抜かれっ放しだった。
最初に気持ち良く飛ばしたので、割と前のほうを走っていたのだが、急にペースが落ちたからどんどん抜かれて行く。
これまでのレースは抜いたり抜かれたりがあって楽しかったが、抜かれ続ける気分はあまり良くない。

途中から時計も見ることなく、記録は諦めてゴールだけを目指した。
少し胃痛が楽になったかな?と思ってペースを上げると、また痛み始めるので、どうしようもないのだ。
まぁそれでも何とかゴール。
タイムは50分30秒だった。

「ひろしま国際平和マラソン」の記録よりも悪い。
他の友人は皆、以前よりも良い記録を出しているのに、僕だけタイムが落ちてしまった。
「宮島クロスカントリー」の時も風邪を引いていたし、どうも自己管理が出来ていない。
しかし、これも実力のうちと思う。

走り終わっても筋肉痛がなかったので、今回は全力を出せなかったことが明らか。
一日明けた今日は、ほんの少し脚がだるいかな?という程度だ。
シーズン最後の「とびしまハーフマラソン」は、もっとマシな体調で望みたい。

ちなみに走り終わった後は持ち寄りパーティとなり、売店で買ったものや、参加者の持参品で大いに楽しんだ。
さすが食に対する意識が高い人が多いため、桃ラーが2瓶も並んでいたりして、僕はおむすびにのせて初めて食べてみたが、なるほどこれは受けるだろうなと思った。
それにしても、全然辛くないんだね。
もう少しは辛いほうが楽しめるように思うけれど。

牡蠣の食べ放題は、焼き場の周囲を取り囲んだ人たちが次々に食べてしまうため、その輪から外れるとなかなか食べることができない。
並んで整然と食べるとか、そういうルールがなくて、場所を確保したもの勝ちの無秩序状態なので、僕は結局、一つも食べなかった。
いくらなんでも、もう少しルールを設けてはどうかと思う。
個人的には煙草を吸いながら、牡蠣を焼いている人の無神経さにもウンザリした。
海風が強いので、煙草の灰が牡蠣に落ちそうなのだ。

友人の一人が、殻付き牡蠣を売店で買って来て、それを焼いてくれたのだが、焼き加減といい、牡蠣の扱いといい、味付けといい、こちらのほうが断然上だった。

一応、最後の抽選会まで待ってから撤退したけれど、これがネックで、13時30分の便は時間に間に合っても、既に一杯になっていた。
それ以上に、その次の14時20分の便にも行列が出来ており、僕は何とか乗ることが出来たけれど、それにも乗れなくて15時40分の便に回された人もいたようだ。
2時間以上も、店もロクにない場所で待たされるのだからたまらない。
来年以降に参加する人は、抽選会なんてどうせ当たらないのだから、適度に飲み食いしたら最後まで残ったりせず、早々に撤収するのが吉と思う。

この「かきカキマラソン」の締め切りが早いのも、こうしたところがネックなのではないかと感じた。
臨時便のフェリーをこれ以上増やせないのであれば(たぶんそうなのだろう)、現状でも参加者は過剰だ。
実際は、ランナーと同数くらいの付き添いがあるので、それが過剰の原因と思われるが、荷物預かりがないため付き添いは必須なのだ。

こうした様々な問題がありつつも、牡蠣祭とマラソンを合体させた試みは面白いと思うし、僕の周囲は皆、来年も来ると言っていた。
僕もまた走りたいと思うが、来年はもっと寒さ対策を万全にして来なければと感じた。
それと適度に土産を買ったら、早々に撤収することが肝要だ。

牡蠣を少々食べ逃しても、無為な2時間を過ごすよりはずっとマシだろう。


2010/02/21(日)
ふきのとう味噌
昨日は松前漬モドキ(スルメ+昆布+切干大根をポン酢ベースで味付け)を作ったが、今日はふきのとう味噌を作った。
僕は、この手の伝統的な日本の惣菜がとことん好きなのだ。

レシピ検索をすると、ほとんどの場合、ふきのとうを下茹でして使うようだが、僕は全く茹でない。
茹でたらアクが抜けるが、その分、風味も飛んでしまうように思う。
ふきのとうの苦味やエグ味も味のうちと僕は思うので、僕は最初に刻んだふきのとうを炒めるところが入る。
天ぷらと同じように、油でアクを抜くという考え方だ。

しかし、生のふきのとうは、刻んだ端から黒く変色するので、とにかく大急ぎで刻み、あらかじめ油を敷いて用意しておいたフライパンで直ちに炒める必要がある。

そして、炒めたら味噌などを加えるが、これもあらかじめ準備しておく。
何をベースにしても良いけれど、僕は白味噌ベースが旨いと思う。
白味噌に日本酒と本味醂を加え、少し緩めに練って置く。
それを一気に加えてふきのとう味噌に仕上げて行く。

そして僕はここで玉子の黄身を加える。
日本料理の玉味噌の技法だ。
温度を下げて混ぜ込めば玉子が分離することはないだろう。

この時点で味を見て、僕は米味噌や豆味噌で味を調える。
白味噌だけだと渋味やぴしっとした塩味が弱いので、補完してバランスを取るのだ。

ご飯にも合うし、湯豆腐には特に合う。
風味が強い、大人の味に仕上がるはずだ。
ちなみにふきのとうはどっさり使うこと。
こういう料理は風味が勝負だから、ケチったらアウトなのだ。


2010/02/08(月)
香川丸亀国際ハーフマラソン
2月7日(日)に丸亀市で行われた、ハーフマラソンレースに出場した。
僕にとっては初めてのハーフマラソンである。
週末は普通に20kmを2時間くらいで走っているが、レースペースで走るのは別世界であると僕は既に知っている。

前日は緊張して眠りが浅く、22時に就寝したが、1時半に「よし!朝だ!」と飛び起きてしまった。
時計を見て苦笑いし、今度はもう少し深い眠りで5時前に起きた。

朝食にずりあげうどんを作って食べ、珈琲を作ってポットに入れ、ウェアやタオルなどを鞄に詰める。
そうこうしていると、6時に付き添い役の友人がやってきた。
彼も出場を考えていたが、今回は時期尚早と見送ったのだ。
代わりに「とびしまハーフマラソン」へ出場するので、どちらにしても1ヶ月半後にはハーフマラソンデビューするのだけれど。

走るのは僕と西条在住の友人なので、僕の車で西条まで移動。
西条ICから高速道路に乗って、坂出ICまで走った。
ICを降りると誘導員が過剰なくらい立っている。
これは凄い大会なのではないか?と、この時点で気付いた。

案の定、非常に行き届いた大会だった。
「ひろしま国際平和マラソン」は、もっと参加者が多いけれど、運営レベルはずっと下と思う。
最も大きな違いはスタッフの数と質。
きめ細かくて、一人一人が親切なのだ。

そして最大の違いは、更衣テントが用意されていて、手荷物預かりがあることだ。
これがないと、走る格好で現地入りしなければならないし、アップするときの服を預ける場所がない。
そのため「ひろしま国際平和マラソン」は、付き添い人がいることが前提の大会になっている。
付き添いがいない人は上着を預けられないので、ギリギリの時間に到着しないと寒くて困るし、走り終わったら早々に帰らなければ、風邪を引いてしまうのだ。
お楽しみ抽選会などをやっているけれど、ランナーのニーズは順位は手荷物預かりが先で、それがないから会場に留まりたくても留まれないのだ。

ちなみに記念品も一点豪華主義で、ポリエステルのランニング用Tシャツだった。
デザインも悪くないので、僕は夏になったら、これを着て走るだろう。

ちなみに「ひろしま国際平和マラソン」はペラペラのウェス代わりにしか使い道がなさそうなコットンTシャツだった。
その他にふりかけとか色々入っていたけれど、ランナーにとって嬉しいのは記念にもなる真っ当なランニング用品である。

アメニティと運営が充実しているためか、女性ランナーも多かった。
え?これってハーフだよね?と驚いたくらい。

一緒に走っているので、後姿しか見ることはないのだが、服装をビシッと決めていても、ランナーとして美しいのはフォームの良さや、体型の綺麗さになる。
そして、後姿の素敵な人だなと思いながら追い抜いても、振り返るようなことはしない。
レース中は、速く美しく走ることが、ヒラエルキーの頂点なのだ。

大きな大会なので、スタートはだらだらスタートになる。
これも「ひろしま国際平和マラソン」と同じだが、グロスタイムだけでなく、ネットタイムも計測してくれるのは嬉しい。
今回はスタートラインまで約4分かかったからだ。

走り始めてもしばらくはかなり走りにくい。
道幅が狭くて、ほとんど障害物競走だ。
肘がぶつかったり、身体が触れたりという状態が続く。

ペースがよく判らなかったが、いつもより少しペースを上げて、しかし、無理のない範囲で走り続けた。
途中、トップランナーたちが折り返して反対車線を駆け抜けるときには、周りのランナーたちが「うぉ〜!」と歓声とも感嘆ともつかないような声を上げた。
ランナーだからこそ判る、彼らの美しい走りへの羨望と賞賛も混ざっていただろう。

僕もその美しい走りを見て、また少し元気が出た。
何とか折り返し地点まで来て、うん、これなら何とか行けるかも?と思った。
途中に和太鼓の演奏をやってくれているところが何ヶ所かあって、それが僕は非常に気に入った。
腹に響くその音は、気力を呼び起こしてくれるようだった。

15kmの時点で1時間12分くらいだっただろうか。
1km5分を切るペースで走っていたので、呼吸器がかなり苦しくなっていたけれど、よし!このまま!と思っていた。
しかし、ここで右足にピキッと痙攣が走った。
うわ、ヤバい!攣るかも!と思ったが、痙攣は1回で何とか治まった。

本格的に攣ってしまうと走り続けることはできない。
何とか誤魔化しながら走るしかないぞと思っていたら、右のふくらはぎや、左のふくらはぎにまで痙攣が出てきた。
完全に攣るところまで行かないので、何とか走り続けたが、ストライドを狭くして、足に負担をかけないようにピッチを刻む。

僕はこの辺りで少し混乱したようで、残りの距離を5kmだと思ってしまった。
5kmなんて、普段の練習では大した距離ではないので、少々無理してでも走り切ろうと思い、少しペースを上げたのだが、しばらく走って、まだ残りが7kmだったことに気付いた。
自分のケアレスミスだが、これは精神的に堪えた。

少しペースを落とし、とにかく着実に距離を稼ぐ。
この頃には背中や尻や足の指など、あちこちに痛みが出始めたが、まぁ、走っている間はそれほど気にならない。
それよりも、足が動かないことと、横隔膜が痙攣しそうなことが心配だった。
走り込み不足がその主因だが、ここからは足と呼吸器に気を遣いつつ、とにかく深刻なトラブルにならないよう、ギリギリの状態で走り続けた。

そんな状態なので、一生懸命走っているのに1km毎の距離表示が一向に現れない。
1kmがなぜこれほど遠いのだろう?と不思議に感じるほど。

また、この大会では沿道の応援者が多くて、励ましの声をかけてくれるのは嬉しいが「あと3km!」と大雑把な距離を叫ぶ人(なぜか全員女性)には参った。
それを聞くと、僕はおっ!あと3kmなのか、距離表示の前に応援者が立っていて、残り3kmの表示を僕が見落としたんだなと思いながら走っていると、しばらく先に残り3kmの表示が現れる。

たぶん、その人は「きっと残りが短いほうが嬉しいだろうな」と親切な思いで言ったのだろうが、ランナーにとって最大の親切は「残り3.4km!」という正確な情報である。
そうしないと距離が伸びたような気がして、結構落ち込んでしまうのだ。

それとやはり、煙草を吸いながらの声援は遠慮してもらいたい。
競走馬を眺めるのと同じ感覚なのかもしれないけれど、流れてきた煙の濃い部分を吸い込んだりすると、むせてペースが狂わされるのだ。

残り2kmを切る頃には競技場が見えて来て、すると面白いもので自然と身体にムチが入る。
やはり目標が明確になると頑張れるのだ。

そして、残りの距離表示から僕は予想していたけれど、競技場の中を一周半してからのゴールは厳しかった。
付き添いの友人が言っていたが、トラックを一周してからゴールしろと言われ、足が止まる人もいたらしい。
距離調節のためには必要なのだろうし、スタンドから声援を送る人には好都合だが、ランナーにはなかなか厳しい仕打ちである。

何とか最後まで足を動かし、力を振り絞ってゴールしたら、直後に両足が痙攣した。
それでも攣ったりはしなかったけれど、自分の限界で走れたと思う。
僕が最も重視しているのはこの部分だ。
せっかく走るのであれば、シリアスに走ったほうがいい。
中途半端に遊びで走るのは、時間がもったいないので僕は好まない。
市民ランナーの世界ではタイムよりも、自分が限界まで力を出し切ったことのほうが大切と思う。

走っている間は汗が乾くので、特に汗は気にならなかったが、足を止めた途端、一気に汗が噴き出して、眼に入ってしまった。
それからは足がガクガクして歩くのも困難だし、足の指の一部が炎症を起こして痛くて仕方がないし、歩くのにも苦労させられた。

こんな状態なのに、走り続けることができたのは、やはり周囲のランナーのお陰と思う。
言葉はかけないけれど、お互いに背中で励まし合い、競い合うからこそ、限界ギリギリで走ることができるのだ。
とても苦しいけれど、僕はやはりレースって好きだな。
一人で黙々と走った時間が、タイムとして反映されるのも嬉しい。

また、今回はツイッターでの励ましも力になった。
スタート直前に読んだ励ましツイートを、走っている間にどれだけ頭の中で反復して自分を鼓舞したことか。
「僕一人の力で走ったのではない」としみじみ感じた。

走り終わった後も付き添いの友人が、歩きにくそうな姿を見かねて荷物を持ってくれたりと、非常に助かった。
その後は、メールで知り合った香川在住のダイスケさんと合流し「一鶴」で骨付き鳥を堪能した。
彼は広島に住んでいた頃からの僕のサイトの読者で、今回、僕がこのハーフマラソンに出ると知り、自らもエントリーして完走したのだ。

話を聞くと、ほぼ全く練習なしで挑戦したとのこと。
信じられないことをする人だと思うが、立派に完走されたのだから凄い。
「たまたまですよ」と彼は言うが、マラソンにたまたまや偶然はない。
ゴルフのホールインワンとは話が違うのだ。

走力が弱くても、ハーフを走り切るだけの精神力がなければ完走は無理である。
僕も残り3〜4kmの地点では、3秒ごとに「もう歩こうかな?」と思い続けていた。
それを乗り越える強い心が絶対に必要。
ましてや練習をしていないのだから、余計に辛かったはずだ。
凄いことだと純粋に感心した。

ちなみに骨付き鳥はやはり旨かった。
地元民のダイスケさんのお陰で、注文や食べ方もスムーズ。
訊くと月に1度は食べるらしい。
親鶏の油におむすびを浸して食べる方法を教えてもらったが、これがメチャ旨。
鶏飯も食べてみたが、やや甘い味付けで、少し食べると口飽きする。
しかし、親鶏油とおむすびは、ご飯の甘味とスパイスと鶏の旨味がシンプルに融合し、コクがありながらもキリリと旨いのだった。
生キャベツを油に浸しても旨かったが、おむすびのほうが上かな。

以前、山陽放送のラジオ番組に出演した際、お土産用の親鶏をスタジオで食べたが、店で食べるほうが断然旨い。
以前は親鶏派だったが、今回、若鶏を食べて、甲乙つけがたいと感じた。

親鶏は脂身と筋繊維の旨さだが、若鶏はパリッとした皮とさっくりした身質、豊かな肉汁が旨い。
一人で両方を食べるのは難しいけれど、複数人で訪れて食べ比べると良いだろう。
ちなみに、味付けはやや辛めだが、薄味でお願いすることもできるらしい。

「一鶴」の後はダイスケさんと別れ、我々は近所のスーパー銭湯でゆっくり過ごし、疲れを散らして帰宅した。
僕の車はMTなので、帰りの運転が少し心配だったが、ここでも付き添いの友人が助けてくれ、何とか無事に帰宅できた。

ツイッター上でたくさんの激励や祝福をいただいたので、個別に返事したかったが、一人ビールでしみじみ祝杯を上げていると、疲れがドッと出てきて早々に就寝。
走り過ぎた日の常として、身体の発熱が酷く、少し眠りにくかったけれど、今日は何とか出社することができた。

次は江田島の「カキかきマラソン」の10kmだけど、これはタイム計測すらない、完全なファンランなので真剣さは少し薄い。
レースタイムは、オフィシャルだからこそ意味があるのだ。

その次の「とびしまハーフマラソン」が、今シーズンの僕の走り納めかな。
そして、春から夏にかけてしっかり走り込み、11月のフルマラソンに向けた走力を身に付けたいと思う。


2010/02/06(土)
ハーフマラソン前夜
明日は初めてハーフマラソンのレースに出る。
「香川丸亀国際ハーフマラソン」だ。

約21.1kmの距離だが、練習では週末に走っている距離である。
しかし、レースで走れるかどうかは全く違う。
自分のペースで、しかし、ベストを尽くして走りたい。

目標は2時間以内。
1kmを5分30秒で走り続ければ、1時間55分くらいになる。
突っ込み過ぎて、後半にトラブルを起こさないよう、注意しながら走りたいと思う。

明日は5時前に起きて、ひっぱりうどん(消化が良いのでそうめんにするかも?)で朝ご飯にしようと考えている。
山形出身の友人に教えてもらったのだが、レースの朝食としては適しているのではなかと感じたのだ。
既に、ひきわり納豆、玉子、青ネギを購入している。

明日はいいレースがしたいなと思う。
いいレースとは、自分の今の限界が出し切れるレースのことだ。
いつも以上の走りなんて期待していないし、できるとも思っていないが、僕自身が「精一杯走った」と納得できれば満足だ。

スタートは10時35分。
それから約2時間は、僕が丸亀の街を疾走しているはずだ。


2010/02/04(木)
「アバター」を観てしまった
何かと話題になっている「アバター」だが、やっと観てきた。
アルパーク109のXPAND方式だ。
3Dの見せ方は4種類あるらしいが、最も美しいのはIMAX3D方式で、これは首都圏の4つの映画館でしか観ることができない。

東京出張が入りそうだったので、深夜の回にでも行けるかな?と思っていたが、出張そのものがなくなり、今日は仕事的に何とかなりそうだったので、急遽、思い立って訪れたのだ。
この映画は元々、IMAX3D方式で観られることを想定して撮られたと聞いていたので、まぁ3Dといってもそれほど驚くことはないのかも?と思っていた。

しかし、最初の画面から頭くらくら。
え?何だよ?この立体感は?と慣れるまでは驚きっぱなし。
そして慣れてからは技術に驚くのではなく、映像の美しさとリアリティに驚かされる。
それは、3Dという技術を驚かすために使っているのではなくて、ごく自然に、表現方法の一つとして、つまり手段として取り入れているからだ。

だから、技術自慢、映像自慢になっていない。
ストーリーとしてはかなりシンプルで、特に新しいメッセージがある訳ではないけれど、美しい自然を超絶映像で観せられると、台詞よりも、ストーリーよりも、映像で説得させられてしまった。

また、これは狙ってなのかどうかは判らないが、主人公がアバターに入るように、観客も映画に入り込んでしまう。
自分がそこにいるような、圧倒的な当事者感があるのだ。

正直、まいったなと感じた。
この技術は映画を復権させるチカラがあると思う。
DVDを借りて観るとか、テレビ放送を待つとか、そんなことは全く考えられない。
映画館に足を運ばなければ、真に観たことにはならない映画だ。

僕は今晩、スゴいモノを観てしまった。
いつまで上映するか判らないけれど、観ていない人には強くお勧めする。
2Dでも上映しているようだが、どうなのだろう?観ていないけれど、僕は少なくとも観る気にはなれないな。
ぜひ3Dで観てほしいし、僕は次はぜひIMAX3Dで観てみたいと思った。


2010/02/03(水)
マンナンヒカリを食べてみた
先日、友人からマンナンヒカリをもらったので、ものは試しで炊いてみた。
ご飯2合に対して、マンナンヒカリ1合分。
つまり、1/3がマンナンヒカリのご飯である。

指示に従い、マンナンヒカリを洗わずに炊飯鍋に入れた。
すると水が少し濁るのだが、これはそういうものらしい。
何だか米の研ぎようが足りなかったみたいで気持ちは良くないけれど。

そのまま普通に炊いて、蒸らし、蓋を開けてみた。
むむむ、意外なくらい色艶が良い。
杓文字を入れて、混ぜてみると、ご飯がややさらりとしている。
僕は粘り気のあるご飯を好まないので、さらりとしているのは大歓迎だけど、コシヒカリのような粘り系が好きな人だと気に入らないかもしれない。

食味もご飯とほとんど変わらない。
コンニャク臭さは全くないし、適度にプリッとしている。
少し旨味が薄いように感じるが、僕はこういうご飯も好きなので全然平気だった。

僕は家庭的カレーライスが嫌いなので作らないけれど、このご飯とは好相性ではないかと感じた。
カレーライスには食物繊維が足りないことが多いので。

炊き上がったご飯は一食分ずつラップに包んで冷蔵庫に入れた。
僕は炊飯器ではなく、炊飯鍋を使ってガスレンジでご飯を炊いているので、保温することはないのだ。
冷蔵庫に保存したご飯は、その都度、電子レンジで加熱する。

で、再加熱して食べてみたが、うーむ、やはり印象は変わらず。
米の味が薄くなるけれど、さらっとした食感が僕好み。
悪くないよ、コレ。

もらった分がなくなったら、自分で購入してしまいそう。
最寄りのスーパーマーケットに置いてあることを、既に確認しているのだ(笑)。


2010/02/02(火)
テッシュじゃなくてティシュー?
いつものようにツイッターで遊んでいたら、右側の広告欄に「テッシュじゃなくてティシューです」と出ていた。
日本製紙クレシア株式会社が出稿したようだが、ちょっと待て「テッシュ」って何だ?
http://twitter.com/crecia_official

僕は子どもの頃から「ティッシュ」だと思っていた。
長じて、ドイツ語を勉強したときに、ティッシュは机の意味だと知り、なるほど、ティッシュペーパーというのは、机紙なのだと理解していた。
トイレットペーパーの文脈で理解できるし、ドイツ語と英語の混合で奇妙だが意味は通るし、重箱読みがそうであるように、日本語では歴史的にもしばしば起きていることなので気にしなかった。

しかし「テッシュ」って何だよ。
悪いけれど、僕は知らない単語だ。
由来も判らない。

すっかり下火になったけれど、一時期、オーストリアをオーストーリーと呼んでくれという主張があった。
オーストリアとオーストラリアを間違えやすいから、オーストリアがオーストーリーに改名するというのだ。
本国の名前を替えるのではなくて、あくまで日本語の表記と発音を替えるということだったと思うけれど。

しかし、いまさらそんなことを言われても困るのだ。
僕たちが綿々と呼び慣らして来た、その歴史をいまさら替えろと言われても困る。
もちろん、差別的だとか、僭称だとか言われれば、それは考慮しなければならない。
でも、紛らわしいから替えるというのは文化の否定だろう。
ましてや国の呼び名だぜ?
僕にはちょっと理解できない感覚だ。

広島のお好み焼きを、広島焼と呼ぶのも同じ。
現地の発音が困難なので、判りやすく翻訳するのならまだしも、名前を付け替えるのは、文化的にNGだ。

呼称を替えるのはさまざまな大人の事情があるのだろうと思うし、僕も社会人なので、それくらいは判る。
しかし、その文化を支えて来たのは、旧呼称を呼び慣らしている人たちなのだ。
彼らの意見を無視して、先に進めるとは思えない。

少なくとも説得は必要だろう。
なぜ、ティッシュ→テッシュ→ティシューになったのか。
納得できる説明が聞きたいものである。


2010/01/30(土)
走ることと祈ることは似ている
先週の全国都道府県対抗男子駅伝を見て、なぜ僕はこんなに感動するのだろうと考えていた。

もちろん、前に書いたように選手たちの裂帛の気合に当てられたというのもあるだろう。
しかし、それだけだろうか。

この一週間、ふわふわと自分の中の潜在的な感情や思索を丹念に追いかけてみた。
すると、僕は彼らのこれまでの努力と犠牲に対して、強い畏敬の念を抱いていることが判った。

あのレベルに達するには、あらゆる物事を劣後させ、走ることを第一義として日々生活しなければならない。

僕は以前、速い人はそれだけ走り込んだ人だと書いたが、それは大きく間違っていないようで、先日、往年の名選手、瀬古さんと中山さんがトークショーを行った際、二人とも現役選手に対して「もっと走り込め」とエールを送っていた。
あのレベルでもまずは走り込むことを推奨するのだと改めて感心した。

そして、これって何かに似ていると思ったのが「祈り」なのだ。
一心不乱に祈りを捧げる姿と、黙々と走り込む姿が僕の中で重なった。

大きな違いは「走り」は神に捧げるものではないということだ。
では、ランナーは誰のために走っているのか。
もちろん自分のためだ。

神を信じるのではなく、自分を信じて走り続ける。
ランナーとしてこれでいいのか?と懊悩することもあるだろう。
社会人としてキャリアが積めないこと、将来に対する不安もあるだろう。
趣味も、レジャーも、人付合いも全て劣後させ、走ること最優先の生活に対する苛立ちもあるだろう。
しかし、それでもランナーとして生きる、人間としての強さに僕は打たれたのではないか。

その人間的強さに裏打ちされた努力と犠牲、そしてもちろんいくらかの才能。
それらが全て、走るという行為に凝縮されていた。

きっと、僕はそれらを全てひっくるめて「美しい」と感じたのだ。
素晴らしい宗教画を見ると、信心がない人でも感動するように。

だから僕は誤解を受けることを承知で敢えて言う。
「走り」と「祈り」は似ている。

そして、祈りを捧げる人の姿が美しいように、たとえどんなに不格好でも走る人の姿は美しいのだ。


2010/01/26(火)
婚活市場についてのメモ
まとまりのない話になると思うけれど、数日前にツイッター経由で「婚活女の恐怖を体験してきた」というサイトを知った。
http://hamusoku.com/archives/2384804.html

ネタである可能性もあるので、内容に関する突っ込みは控えるが、何というか、殺伐とした世の中だなと感じた。

僕はインターネット大賛成主義だし、様々な情報が開示され、消費者が取捨選択できるようになったことについては、諸手を挙げて歓迎したい。
しかし、その価値観を恋人にまで普遍させるのはどうか?と思う。

これを読んでいると、インターネットでより良い商品を、より安く購入することと同じ感覚で恋人を選んではいないか?と感じたのだ。

だとすれば、あらゆる分野の商品で一人勝ち現象が起きているように、婚活の分野でも一人勝ちが発生するだろう。
残念ながら商品と違い、同じ人間は一人しかいないので、激しい競争が発生するし、不良品(ものすごく失礼を承知で敢えて言う)は市場からの撤退を迫られる。

だからといって、出会いも情報も少なく、親が決めた許嫁の世界に戻れと主張するつもりはない。
それは電気も水道も投げ打って、石器時代に戻れと主張するに等しく、非現実的だ。

情報が爆発的に増大した、かつてない情報洪水時代なので、我々がこの世界を乗り越える知恵をまだ見つけていないだけだと思う。

今は婚活に市場原理を当てはめているけれど、それは本当に正しいのか?
正しいのだとすれば、出生率の回復は望めないと思う。
間違っているのだとすれば、ここには何かのビジネスチャンスがあるし、前向きに改善するための仕組み作りが考えられるのではないかと思うのだ。

僕自身、良いアイデアがある訳ではないけれど、今日は思索メモなので、曖昧なまま終了する。
続きはまたいつか(笑)。


2010/01/25(月)
簡単だけど素晴らしく旨い蓮根料理
今日は帰宅して9km走り、ウスメバルの煮付けを作ったのだが、その話は別に語るとして、しばらく前に作った蓮根料理のことを書こう。
今が旬の素材だからだ。

友人から蓮根をたくさんもらったので、さぁどうしよう?と思い、ネットでレシピを探し、作ってみたのがこの料理。
蓮根の素揚げだ。

正直に言って、料理になっていないくらいの簡単さだが、これが非常に旨かった。
ただし、蓮根の旨さがダイレクトに出るので、旨い蓮根であることが必須の要件と思う。
この時期の広島地区なら、普通のスーパーにも岩国蓮根が出ているから、今こそ作るべきなのだ。

本来の作り方は、皮を剥いた蓮根を叩いて崩し、それを素揚げするというものだったが、僕は適度にカットし、少し多目の油で焼くようにして熱を加えた。

油はできるだけ軽いものが良いだろう。
僕が使ったのはグレープシードオイルだ。
足りなくなったら足すくらいのつもりで、ギリギリ揚げた感じがでるくらいの油量で焼き付ける。

写真のような狐色になったら、キッチンペーパーで余分な油を吸い取って捨ててしまうので、必要な量の油は使いつつ、なるべく少ないことが合理的だ。

この蓮根を食べるときに塩に付けるだけなのだが、ビールのアテには最高。
蓮根ってこんなに旨かった?と思うほど。

表面がパリッとして、中はホクホクなのだ。
本当に呆れるほど簡単だけど、熱々の時に食べると特に旨い。
冷めると一気に味が落ちるので、食べる人が待ち受けている食卓に持って行くのがベスト。
よく冷えたビールを添えたら最高よ(笑)。


 OR AND
スペースで区切って複数指定可能

快食.comのトップページへ戻る
[TOP]
shiromuku(hu1)DIARY version 3.10