Bicycleの最近のブログ記事
まず総括すると、今年の3月に走った「とびしまハーフマラソン」の時も感じたが、しまなみ海道に比べ、とびしま海道は住民の方々が素朴で、声援が温かい。
仕事の手を休めて、多くの人が本気で手を振り、声をかけてくれる。
天候にも恵まれ、素晴らしい景色を堪能しながらの90kmだった。
ただし、しまなみ海道に比べて施設、設備が弱いことは否めない。
コンビニがおそらくゼロではないかと思うし、道が狭くてカーブが多い。
路面も荒れたところが多く、パンクしている選手をたくさん見かけた。
細い道では追い抜きが難しいので、どうしても集団走行になる。
今回は、一緒に参加した634さんとネコ吉さんと、60kmくらいまで一緒に走った。
最初の難関は豊浜大橋に向かう広域農道の長い坂。
あんなところまで登るのか!と思うほど長い登りだが、そこまで辿り着くとまだ先があることが判る。
さらにカーブを曲がるとまだ登りが続いていて、選手の気持ちを折るような激坂だった。
今回はロードバイクだけでなく、色んな自転車が参加していたが、スポーツ車以外の人は降りて歩いている人が多かった。
スポーツ車の人でも歩いている人がいたくらいだから、仕方がないだろう。
しまなみ海道は、自転車専用のルートがあって、そこは緩やかな坂になるよう、設計段階で気配りされているが、とびしま海道は容赦がない。
そもそも「農道」だから、自転車のことを考慮していないのは当たり前なのだ。
ここでもネコ吉さんがアタックをかけたが、今回は何とかついて行くことができた。
しまなみ海道の時は、因島の北側の激坂で彼に置いて行かれたのだ。
その後は豊島の北側、大崎下島の北側を抜けて、愛媛県の岡村島へ。
この岡村島の道が結構辛かった。
道が細い上に路面がかなり荒れている。
事故が怖いので無理な追い抜きはせず、25kmくらいのスローペースで進んだ。
この頃まで、僕とネコ吉さんの2人旅になっていて、634さんは少し遅れているのかな?と思っていたら、すぐ後ろに付けていて、折り返して大崎下島の南側では「今度は俺が風除けになってやるよ!」と率先して我々を引いてくれた。
そして、3人チームのまま35km地点のエイドステーションに到着。
我々の前に30人×十数チームが先行スタートしていたので、途中、そこそこ抜いたけれど、200人くらいは先に到着していた。
メインの食事は牡蠣味噌汁。
ますや味噌の提供らしく、ちょっと化調がきつかったけれど、牡蠣が5粒も入っていて旨かった。
しかし、どういう計算をしていたのか、その後に訪れたハーフコースの人たちは、牡蠣の入っていない牡蠣ダシ味噌汁だったらしい。
個人的には牡蠣は3粒でいいから、もう少し汁がほしかったので、ちぐはぐだなぁと感じた。
その他、みかんジュースやキャラメル、みかんの振る舞いがあり、みかんジュースを飲んで、みかんを食べて、トイレに行って再出発した。
ここからも3人体制でチームを組み、豊浜大橋、豊島大橋を超えて行ったが、豊島大橋を渡ってすぐだっただろうか、僕が先頭を走っていて、後ろから634さんが「ネコちゃんが先に行ってくれって!」と声をかけてきた。
パンクなどのメカトラブルならば、手があったほうが助かるので、戻ろうかと言うと、どうもそうではないとのこと。
すぐに追い付くとのことなので、ちょっとペースを落として先に進んだ。
なかなか追い付いて来ないなぁと思いつつ、61kmのエイドステーションに到着した。
すぐに634さんも入ってくる。
ネコ吉さんどうしたのかね?と話しつつ、呉細うどんに数名並んでいたので、とりあえず我々も並んだ。
そうこうしているとネコ吉さんが到着。
どうしたの?と訊くと、足が痙攣したとのこと。
登りで1回来て、2回目が来たので降車してストレッチをやっていたらしい。
それは災難だったねと言いながら細うどんを食べた。
麺は元祖の「山乃家」のもので、社長自らが調理してくれていたが、いかんせん釜が小さすぎ。
そこへテボを突っ込んで茹でているから、客のペースに追い付いていない。
茹でたうどんにネギやちりめんを載せて、濃いぶっかけタレのようなもので味付けして供する。
量は少ないが、咽喉越しの良いうどんはエイドとして上々の旨さだった。
「下関海響マラソン」の時もそうだったけれど、こういう麺類は非常にありがたいのだ。
ここでもみかんジュースやみかんを振舞ってくれ、特にみかんは食べ放題。
まぁ、1つ食べれば十分だけど、オレンジライドという名前通りで嬉しかった。
僕は膝に軽い痛みが出ていたけれど、これは1ヶ月前のフルマラソンのダメージだろうと軽く考えていた。
634さんは少し疲れているっぽいし、ネコ吉さんは少し消耗している様子。
ちょっと長めの休憩を取って、再出発することにした。
僕が一番余裕がありそうだったので、やはり先頭を引いたが、なかなか都合良く引っ張ってくれる人がいない。
そのうち、30kmくらいで気持ち良く飛ばしている人が見つかったので、その人の後ろに付くことにした。
すると、その人は結構ブンブン飛ばして、最初は遠くに見えた集団に追い付いてしまった。
この頃になると前後が疎になっているので、同じ程度のレベルの人が集まる集団はなかなかない。
先頭はビブスを付けたサポートスタッフだから、遠慮せずに後ろに付けるし、30km前後でブンブン飛ばしてドンドン追い抜いていく。
この集団の前に出ると、自分が引くことになるし、30km以上で飛ばさなければならないので、後ろに付いたまま残り6kmくらいまで楽をさせてもらった。
この頃にどうしたことか車列が乱れ、サポートスタッフが少し前に出てしまった。
僕は彼に付いて行きたかったので、前の人たちを抜いて、彼の後ろに付いたのだが、サポートスタッフの彼は、あくまで集団を引くつもりだったらしく、僕に「先に行け!」と合図を送ってきた。
僕は正直、えぇ〜っ!だったら僕も下がって付いていくよ!と思ったけれど、まぁ残り5kmくらいだから3人体制で進もうかと思って後ろを振り向くと、ネコ吉さんも634さんもいない。
何度も振り返ったが、やはり姿が見えないので、どのくらい離れているのかも判らず、仕方がないので一人旅で進むことになった。
残り3kmくらいで向かい風が激しくて、一人旅なんてやるんじゃなかったと後悔しながら、あと少しと思って脚に力を入れる。
今回はしまなみ海道の教訓を活かして、エイドステーションの度にカーボショッツを注入していたので、最後までシャリバテにはならなかった。
「とびしまハーフマラソン」の時も、この坂が最後の難関だったなと思い出しつつ、県民の浜に向かう最後の坂を越え、4時間13分でゴール。
ハーフコースに参加して、既にゴールしていたサファイアさんと合流し、しばらくするとネコ吉さん、634さんが帰って来た。
634さんはエイドステーションを出た後、しばらくして「こりゃ速すぎる」と思ったらしく、後ろに下がったらしい。
ネコ吉さんは、僕がサポートスタッフを追い抜いたところで諦めたとのこと。
いやあれはそういうつもりじゃなかったんだよと弁明したが、結果としてチームで走られなかったのは残念。
今度はもう少し上手に連携できればと思う。
ゴール後は受付で完走証を受け取り、昼食券と参加賞をもらった。
参加賞はモンベルのプラスチックボトル。
これはちょっとショボイというのが正直なところ。
参加費5,000円で、スタッフも多かったから、仕方がない部分があるのかもしれないけれど、少なくとも使えるものであってほしかった。
そのままゴミになるのであれば、資源的にも無駄だからだ。
昼食は当初、弁当と書いてあったが、海軍カレーになっていた。
そこへキリンが試供品のノンアルコールビールを配ってくれる。
受け取って食べたが、元々家庭的なカレーライスが苦手な僕にとっては、腹が減っていても手が進まなかった。
ご飯はベタベタだし,カレーソースはもっさりしてスパイス感がない。
ノンアルコールビールも含めて、申し訳ないけれど、どうしても完食できなかった。
まぁ、第一回目だし、細かい部分は徐々に良くなるだろう。
何よりも最初に述べたとおり、島の人たちのホスピタリティが素晴らしい。
今度はレースがなくても、個人的に訪れたいと思った。
いくつかレストランがあるので、そこで昼ご飯を食べることを目的にして訪れれば、結構楽しめると思うのだ。
おっと、そういえば書き忘れるところだった。
もう1人、ぺいつんさんも出走していたが、出発前の服装は完全に街歩き仕様。
下着はコットンだし、レーパンも履いてないっぽいし、緊張感が全くない。
そんな格好でロードレーサーに乗るの?と、訝るレベル。
そのため、最初から最後までレース中に出会うことはなかった。
後から聞くと、6時間8分だったらしいから、完走しただけでも凄いと思う。
まぁ、自転車の楽しみ方はそれぞれだし、ポタリングも楽しいものだからね。
来年も出るか?と問われれば、僕は出たいと思う。
素晴らしいレースだったし、地元で行われるサイクルイベントは少ないのだから、大切に育てたいからだ。
僕がロードバイクを買った店の店主の奥様が亡くなられたのだ。
http://blog.goo.ne.jp/bicinoko
僕は特に彼と親しい訳ではない。
自転車を買ってからも何度か店を訪れたが、それ以上でもそれ以下でもない、常連でもなんでもない客だ。
しかし、彼の抑制の効いた文章の行間に込められた、奥様への想いに涙が溢れて止まらなかった。
この笑顔の素敵な女性が、もうこの世にはいないのだ。
彼の喪失感はどれほどのものだろう。
僕にはわからない。
理解できるはずもない。
ただ、神がいるならば「あなたは残酷だ」と糾弾したい。
僕ならばどうだろう。
両親と妹が先に死んだら、、、想像するだけで絶望する。
両親はものすごく嫌だけど、仕方がない。
子供の骨を拾わせる訳にはいかないから。
でも、妹はちょっと勘弁してほしいな。
彼女は既に嫁に行っているけれど、昔からとても仲が良いのだ。
再確認したのは、一緒にいる時間のかけがえのなさ。
ただ寄り添う。
一緒にお酒を飲んで旨いねと言い、一緒にテレビを観て笑って、一緒にこたつに入ること。
それが「幸せ」なのだ。
あまりに何気なくて気付きにくいけれど。
部外者の僕はただ、奥様のご冥福をお祈りするほかはない。
辛いけれど、しんどいけれど、いつまでも泣きたいけれど、遺された彼は立ち上がるしかないのだ。
きっと。
満身創痍だったので、仕方がないと思う。
長く僕の愛車だった、プジョーメトロ改の最後はチェーンステイの断裂だった。
こうなると修理できない、というか、溶接すれば何とかなるかもしれないけれど、どうせ次の不具合が出るに決まっている。
まずヘッドチューブの繋ぎ目部分がぐらぐらしているし、スプロケットの歯もいくつか飛んでいる。
スポークも寿命が来ていて、半年ほど前に1本折れたので直したが、その他のスポークもいつ頭が飛ぶか判らない状態だった。
さらにボトムブラケットからギシギシと変な音がし始めていたので、これはいよいよ寿命と覚悟していたのだ。
タイヤもサドルも2〜3回代えたし、グリップはもっと頻繁に代えたと思う。
フェンダーも自分で買って取り付けたりして、愛着があったけれど、さすがにアウトだ。
購入してから何年だろうか。
ざっと計算しても7年くらいかな。
平均しても1日1時間は乗っているから2,500時間か。
申し訳ないけれど、ここまで乗ったのだから自転車としても本望だろう。
ちなみにプジョー社は既に自転車を出していないので絶滅種だ。
最後はサドルやライトなど、使い回しのできるパーツを外してリサイクルの自転車店に持ち込む予定。
まだタイヤが生きているので、それだけでも誰かの役に立てばいい。
既に新しい自転車は注文しているが、入荷は1月末の見込み。
まだ3ヶ月もある。
最近はずっと仕事が遅いので、自転車がなくなると非常に困る。
僕が住んでいるところは、最終の公共交通機関が22時半なのだ。
その間の繋ぎに中古の自転車を買おうかな?、とネットで調べたら竹屋町に「シルバースター輪業」という店があった。
(↑音が出るから注意)
昼ご飯で出かけたついでに訪れてみると、中古専門に扱っているとは思えないくらいしっかりしていた。
何よりも店内が整頓されているのがいい。
中古自転車を扱う店は、とかく片付いていないことが多くて、僕はそれが苦手なのだ。
身の回りを片付けられない人とは性格的に合わないから。
先月たくさん売れたのであまり在庫はないとのことだったが、事情を話すとちょっと錆びているミニベロなら3,500円でいいよとのことだったので購入決定。
新車が来たら、ここに売りに来ればいいのだ。
壊れた自転車も引き取ってくれることになった。
ありがたい。
短い期間だけど、ミニベロって初めてなので、それはそれで楽しいかな?と思っている。
10月10日(日)に行われたこのイベントに友人たちと参加した。
http://www.tv-osaka.co.jp/shimanami2010/
同行してくれたのは以下の3名。
この文章と彼らの当日のツイートを読んでいただけると、この日の出来事が立体的に伝わると思う。
@nekokichi34(ネコ吉さん:ジオス)http://twitter.com/nekokichi34
@dai1975(大ちゃん:スペシャライズド)http://twitter.com/dai1975
@634co(ムサシさん:チネリ)http://twitter.com/634co
当日の僕のツイートもここで読める。
http://twilog.org/xiaohei34
愛車は写真に少し写っている赤のメルクスだ(3倍早い、ということはない)。
当日は朝7時に向島運動公園出発だったので、6時到着を目標に現地到着。
我々は車に自転車を積んで向かったが、5時頃から雨が降り始めた。
これって自走する人は物凄くツライだろうなぁと車中で心配していた。
実際、尾道が近くなるとまだ暗い道をロードレーサーで疾走している人が増えてきた。
向島に入る前には雨も止んだが、自走での参加者は大変だったろうと思う。
向島に入ると夜明け前の薄暗い道をロードレーサーが隊列を組んで進んでいる。
自転車人気とはいえ、ロードレーサーに乗る人はまだそれほど多くないので、たくさんのロードレーサーを見るとドキドキする。
会場に入ると参加者はかなり集まっていて、着替えをしたり、自転車を組み立てたりしている。
詳しくない人のために補足すると、ロードレーサーというのは、前輪や後輪が簡単に取り外せるので、分解して運ぶのが普通なのだ。
実際、僕たちも前輪を外して運んだが、工夫すると軽乗用車にでも3台乗せることができる。
ロードレーサーで最も重要な空気圧の最終チェックを行い、ボトルにドリンクを補給して、直前のトイレを済ませ、参加者の待機場所に進んだ。
我々が参加するのは、制限時間10時間の130kmコースだが、200kmコースに参加する猛者は既にスタート地点に並んでいる。
なるべく追い抜きを少なくしたいからだろう、スタッフから「どのくらいのペースで行きますか?」と訊かれた。
つまり同じ130kmのコースでも速さで並ばせようということなのだ。
速い順にABCとあったので、我々はBチームに入った。
本当に力のある人は200kmコースに参加しているはずだから、自分たちの実力はそのくらいと踏んだのだ。
Aチームがスタートしてしばらく待ち、Bチームのスタートはちょうど7時。
もちろん元気一杯なので、ぐんぐんペダルを回す。
しかし、すぐに因島大橋があるのでゆっくり(時速20kmくらい)縦列で進む。
交通規制があるわけではないから、対向車があるし、細い道で無理な追い越しは厳禁なのだ。
それでも一部のマナーが悪い人がやっていたけれど、この序盤に見かけたシニアの方のペダリングの美しさと気遣いには心を打たれた。
全てのシニアがそうではなかったが、自転車乗りとしてのマナーがしっかりしていて、ガツガツしていなくて、僕も将来、こういうシニア選手になりたいと感じた。
ただその後は、結構がっつり踏み続けたので、彼らとの邂逅は序盤のみだったが。
因島大橋を渡り因島の南側へ回り込むと、事前のコースマップでもアップダウンが激しいと書いてあった。
ある程度は覚悟していたが「鬼坂」と呼ぶに相応しい過酷さだった。
序盤だから元気良く回せたが、後半にこの坂を用意されていたら絶対に恨んでいるだろう。
それくらいはキツイ。
ここまではネコ吉さんと雑談しながら来ていたが、前の集団が遅いことに業を煮やして彼がアタックをかけた。
僕は付いて行けなくて「うぉっ!ネコさんすげぇ!」と見送るのみ。
しかし、この時点で200kmコースの人たちが続々と自転車を降りて押して歩いていた。
ナンバーカードの色が違うから判るのだが、ちょっと待て、君たちは200kmコースだろ?こんな坂で歩いてどうする!と少し呆れた。
その後も先にスタートした200kmコースの人たちを抜く展開が続いたので、僕の未熟な感覚だけど、200kmの恐さを知らずにエントリーした人が多かったのではないか。
たぶん、彼らは完走できなかったと思う。
ハーフマラソンとフルマラソンが違うように、自転車も100kmと200kmは全然違うのだ。
因島南のアップダウンでそこそこ頑張ったので、大ちゃんとムサシさんはどうだろう?と思っていたら、最初のエイドステーション、因島総合支所の直前で大ちゃんが「キツかったですね~」と後ろから声をかけてきた。
おぉ、来てるじゃないか!と嬉しくなって同時にエイドステーションにピットイン。
結局、大ちゃんとはほぼ全区間を一緒に走ることになった。
僕と大ちゃんがピットインした時に、ネコ吉さんが飛び出すのが見えた。
我々も遅れてはならじと給水や自転車の調整を済ませて出発しようとした矢先にムサシさんが飛び込んできた。
「あれ?休憩せんの?」と言われたが、僕らは休憩したから先に行くよと声をかけて先に進む。
この後は生口島の南側を、結構快調なペースで進んだ。
ずっと平地だったので平均時速30kmは出ていたと思う。
原付の制限速度並だが、奇妙な話で自転車の制限速度は自動車と同じなので、速度違反にはならない。
後からサイクルメーターを見ると、この日の最高速度は55.5kmだった。
この頃から少しずつ隊列がバラけて、誰かの後ろに付いて走るのが難しくなってきた。
自転車レースをご存知の人なら判るだろうが、自転車というのは誰かの後ろに付いて走るともの凄く楽なのだ。
逆に先頭を走るのはとても苦しい。
何を間違えたのか、生口島の南側は僕の後ろに隊列が出来てしまい、かなり長い間、僕が一団を引くことになってしまった。
昔から頼られると実力以上に頑張る性質なので、坂で力尽きるまで引いてしまった。
多々羅大橋を渡り、多々羅しまなみ公園のエイドステーションに入るとネコ吉さんがいて、休憩したから先に進むとのこと。
大ちゃんのトイレを待って、我々もスタートした。
この時点でムサシさんは未着だったが仕方ない。
大三島は北側からぐるりと一周コースだったが、これが想像以上にタフなコースだった。
多々羅しまなみ公園からふるさと憩の家まではそれほどでもなかったが、島の南側が強烈。
長い坂が続き、心と身体の強さを試されているよう。
ここまでに50km以上走っているので疲れも感じ始めている。
実は30kmくらいで一度、左足のふくらはぎに軽い痙攣があり、その後は右足の裏側が攣りそうにカチカチになったりと、誤魔化しつつ来たが軽いトラブルはあったのだ。
そして、80kmくらいで200kmコースの人たちが大三島橋に進んでしまうと、周囲は130kmコースの人たちだけになった。
そのため周囲の選手の距離が大きく開いてしまう。
走りにくいなと思っていたら、一気に身体が冷えてきた。
あれ?どうしたんだ?と思う間もなく、足先が冷え、足を動かそうとしても動かない。
呼吸が浅くなって体温も下がったように感じる。
足を含めた全身の筋肉が攣りそうで、どうにか誤魔化そうとするが、それどころじゃない。
ガクンと身体が動かなくなり、登坂で前に進むことが難しくなった。
それでも自転車を押して歩くことは主義に反するので、無理矢理ペダルを回す。
たぶん、脂汗が出ていたと思う。
ここまでずっと後ろに付いていた大ちゃんも痺れを切らし、僕を追い越して行った。
仕方がないなと思いつつ、動かない身体に意識の鞭を入れる。
何とか85km地点の多々羅しまなみ公園に到着したとき、僕は落車して倒れ込んでしまった。
身体が限界だったようで、落車した瞬間から両足と腹筋が攣った。
特に酷かったのは左足の太腿で、大腿四頭筋が断末魔の蛇のようにのたうっていた。
その筋肉を見つめながら、僕はもう走れないと半ば観念した。
仕事が忙しく、走り込みが全然出来ていないので、そのツケだと思った。
何とか復活して昼飯場所に向かうと大ちゃんが既に食事していた。
ネコ吉さんは食べ終わってリラックス中。
少し談笑して、僕はもうダメだよと笑いながら話し、給食は3種類のうちからジャコかつバーガーを選んだ。
僕が食べ始めた頃、ネコ吉さんが「そろそろ行くわ」と出発し、焼そばとタコ飯を食べ終わった大ちゃんが「足りないので何か買ってきます」と追加の食糧を買いに行った。
僕は旨いけれど足りないなぁと思いつつジャコかつバーガーを食べながら、何とか回復する術はないだろうか?と考えていた。
足をマッサージしながら、何でこんなに食糧が旨いのだろう?と思い付き、もしかして、ハンガーノックだったのか?と思い至った。
それならば普通のご飯ではすぐにエネルギーにならない。
糖分が必要だと思い、記念品の中にあった梅丹本舗のMeitanCCCを持っていることを思い出した。
http://www.meitanhonpo.jp/cyclechageCaffeine.html
かなり甘いが、チューブから直接吸って水分をしっかり摂る。
給食の飴も口の中と、いくつかをポケットに入れ、少し休むと元気が回復した。
大ちゃんもそろそろ行きますかと言うので出発した。
結局30分弱くらい休んだのかな。
我々が自転車で出る頃にムサシさんが到着して「あれ?もう行くん?」と言われたが、もうゆっくりしたから、次はゴールで!と声をかけて先へ進む。
大ちゃんには、おそらくもう引けないから追い越していいよと伝えていたが、自転車に乗ってみると意外に回せる。
これならちょっと頑張ってみようかな?と思いながら進むと、前に時速30kmくらいで気持ち良く飛ばしている人がいた。
これ幸いと後ろに付かせてもらい、彼に因島にある万田酵素のエイドステーションまで引いてもらった。
島の北側は風も強く、先頭を走るかどうかで疲れ方が全然違った。
万田酵素まで来ると残りは10kmちょっとなので、まぁゆっくり行こうと思っていたら、先の引いてくれた人が同時に飛び出したので、再び後ろに付かせてもらう。
そのまま行けば良かったが、途中少し離れたタイミングで信号に引っかかり、それ以降は僕と大ちゃんの2人に戻った。
引いてくれる人がいなくなると時速も25kmくらいに落ちる。
足が攣りそうな気配もあるけれど、何とか最後の力を振り絞って前に進む。
あと1kmの看板を見たときには本当に嬉しかったが、出発時に何気なく降りた下り坂が最後の難所として立ち塞がった。
マジかよと苦笑いしつつ、坂の手前で苦しそうにしている人に「最後です!頑張りましょう!」と声をかけて坂に挑む。
しかし、ダンシングしようにも足の踏ん張りが利かず、身体がよろけてしまう。
ギアを落として、とにかく丁寧に登るしかないとユルユル進んでいたら、先ほど追い越した人が逆に僕を追い越して行った。
バツが悪いと思ったのかな?ちょっとしたアイコンタクトを投げてくれた。
何とか坂を登り切り、大ちゃんと1、2フィニッシュ。
時間は6時間7分だった。
ネコ吉さんは5時間50分で、我々よりも17分早くゴールしていた。
このイベントは、一応ファンランという位置付けなので、タイムも順位も出ないが、自転車に乗る人なら判るとおり、130kmや、ましてや200kmなんてのはファンランで走る距離ではない。
できればこの2コースだけでも公式タイムと順位を示してほしかったな。
ちなみに計測は休憩時間も全て含めたスタートからゴールまで。
順位は130kmコースの中では30位くらいかな?と思ったけれど、ネコ吉さん曰く、彼がゴールした時には自転車が10台くらいしかなかったので「おっ、10位以内か?」と思ったら、既に駐車場で自転車を片付けている人もいたとのこと。
でもまぁ、40~50位には入っているだろうな。
ネコ吉さんは間違いなく20位以内に入っているだろう。
とはいえ、これは本当の猛者が200kmコースに出場したから、130kmという中途半端な距離だからの話で、実際、200kmの首位の今中大介さんは7時間以内に到ゴールした。
僕たちよりも30分早く出発して、僕たちの30分後に到着したのだ。
70kmも余計に走って。
僕自身は、まだ200kmを走り切れる力がないと痛感した。
130kmが6時間だから、残り70kmは少なく見積もっても3時間はかかる。
合計9時間だが、それを走り切る体力があるかと問われると僕には自信がない。
こういうのは運動を継続できる基礎的持続力の問題なので、9時間じゃなく10時間なら走れるかも?という考えは成り立たない。
もう少しトレーニングを積まなければ無理だろう。
最後は僕と大ちゃんに50分遅れてムサシさんがゴールした。
途中から心配になって、ゴール前でずっと待っていたので、本当に嬉しかった。
彼も7時間以内に走破したのだから充分立派だ。
制限時間は10時間なので、我々が自転車を分解して車に積み、着替えたり売店を冷やかしたりして会場を後にしても、まだまだ130kmコースの選手がたくさんゴールに向かっていたくらいなのだ。
それと最後に特筆しておきたいのは沿道の声援とスタッフのホスピタリティ。
島の住民の方々の声援が本当に温かくて、僕はずっと「ありがとう!」「頑張ります!」と返事をし続けた。
マラソンレースではそんな余裕ないけれど、自転車は声が出せる。
スタッフも大声できめ細かに指示してくれたし、声援を送ってくれた。
エイドステーションの人たちは非常に温かく、特に万田酵素のエイドステーションはゴール直前ということもあって胸が熱くなった。
おそらく社員の方々だろう。
「ここからは橋の手前の坂がキツイだけですから」と具体的な情報もくださった。
こういうのって体力ギリギリで走っているレース中にはとても励みになる。
競技終了して落ち着くと、皆、給食が足りなかったようで何か食べに行こうという話になった。
追加でオムそばを買って食べた大ちゃんが最も腹減ったと訴えたのはさすがだと思うけれど。
で、島内でラーメンを食べに行ったのだが、これがイマイチ。
まぁでもお腹が塞がったので満足して帰ろうとすると、大ちゃんとムサシさんはそのまま倉敷に向かうと言う。
翌朝、小豆島に渡り「瀬戸内国際芸術祭2010」を自転車で回るとのこと。
http://setouchi-artfest.jp/
僕とネコ吉さんは付き合い切れんと笑って別れ、帰路に付いた。
それにしても素晴らしい休日だった。
来年も是非参加したい。
ハンガーノック対策の補給食をたっぷり持って(笑)。
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夏になってからはランニングよりもサイクリングの比率が増えている。
こう暑いと、ランニングはちょっと厳しい。
朝早くとか、夕方しか走れない。
運動負荷が高いので、灼熱の太陽の下では長時間の運動が無理なのだ。
しかし、自転車は割と長時間できることが判った。
もちろん工夫は必要だが、走っていると涼しいし、給水をきめ細かに行っていれば倒れそうになることはない。
運動負荷は低いけれどカロリー消費は結構高いので、ダイエットにもいい。
僕はこの夏で3~4kg落とそうとしているのだ。
最近は週末ごとに100kmくらい走っている。
今日も94km走った。
これくらい走ると身体中が重くなるくらい、ドスンと疲れるのだが、それが心地良い。
大体、成人女性が一日に摂取すべきとされる1,800kcalくらいは消費するので、かなり腹も減る。
筋肉の回復も兼ねて、今夜はステーキを食べることにした。
なに、ただ単に立ち寄ったスーパーでオージービーフが安く売られていたからだ。
ランプ肉の部分なので脂身はほとんどないが、帰宅して筋と脂身を徹底的に排除し、丁寧に焼いた。
いつも書いているけれど、肉は焼きで大きく味が変わる。
どんなにいい肉でも適当に焼けばダメになるし、安い肉でも適切に焼けば旨くなる。
肉を焼くというのは、決して安易な仕事ではないのだ。
久しぶりに焼いたので、ちょっと失敗があったけれど、概ね上手く焼けたと思う。
ガーリックオイルで焼き、岩塩とブラジル産胡椒だけで味付けしたランプ肉は想像以上に旨かった。
自宅で食べるなら、僕は和牛より好きかもしれない。
200gくらいをペロリと食べ、チリメンジャコと万願寺唐辛子の煮物も食べた。
今日、大汗をかいた服を洗濯しているので、それを干さなくちゃ眠れないが、既に眠くなりつつあるので、残りの家事は明日の朝、早く起きてやる予定。
がっつり運動して、がっつり食べた後は、がっつり眠らなくちゃね(笑)。

