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自転車は車道へ

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インターネットのニュースで読んだが
警視庁は、自転車の車道左側走行の原則を順守させ、これまで積極的に摘発していなかった歩道走行の取り締まりを徹底する方針を固めた。
そうだ。

へー、そりゃ大事業だねというのが僕の感想。
これまで積極的に摘発していなかったって書いてあるけれど、広島市内では普通に警察官が歩道走行していたから、積極的も消極的もあったもんじゃない。
そもそも道路交通法では自転車の歩道走行が条件付で認められている。

しかし、取締りを強化するというのだから、道路交通法も改正するのだろう。
個人的には良い方向だと思うけれど、実はこれ、自転車だけの問題ではない。
歩行者にも自動車にも影響を与えるものだと思う。

まず、基本的に自転車が車道を走るのであれば、自動車の違法駐車を駆逐しなければならない。
僕は普段から車道を走っているけれど、路肩に停められた自動車は本当に鬱陶しい。
左側に抜けることはできないから、右から抜くことになる。
僕は慣れたが、これを全ての自転車にやらせるのは大変だろう。
慣れない自転車に違法駐車の右側を抜けと指示するよりも、違法駐車を駆逐するほうが筋だからだ。

また、自転車の速度にはかなり差があって、歩くのと変わらないようなノロノロ運転の人もいるし、僕のようにスポーツ走行する人もいる。
あのノロノロ運転の人に車道を走らせるのは至難と思うが、やるというのだから頑張ってねとしか言いようがない。
たぶん、極端なノロノロ運転をする人は自転車に乗るなという婉曲的なメッセージになると思う。
子供を前後に乗せた、3人乗り自転車も当然車道を走ることになる。
大惨事になる前に禁止したほうがいいのではないか。

当分は自動車の人たちも苛々することになると思う。
朝夕の通勤通学時は、左車線がふさがれる可能性もあるからだ。
でも、自転車に少しでもかすったら、100%自動車の過失になる。
まぁ自転車が歩行者から自動車の仲間に近づいたことで、諦めてほしいと思う。

また、高校生がお喋りしながら並走したり、電話を見ながら運転したりしているのもこれで減るだろう。
車道でそれをやったらすぐに事故るからだ。
緊張感を鍛える訓練にもなりそうだ。

整備不良の自転車も減るかな。
明らかに空気圧が足りていなかったり、ブレーキの効きが悪い自転車が多いけれど、車道を走るならば制動性能はものすごく重要。
そこら辺で売っている安い使い捨て自転車は、真っ当な自転車に比べると整備ができない作りになっているので、安全基準を満たしている真っ当な自転車に乗るようになるかもしれない。
そういう自転車は当然高いので大切に乗るだろうし、何よりも自転車を大切にするのは良いことだ。

歩行者にとっては歩道の安全が確保されてありがたいだろう。
ただし、自転車が車道を走るということは、全ての車両の左側通行が徹底されるということであり、そうすると歩行者は右側通行を徹底しなければならなくなる。

広島市内でも少し郊外に出ると歩道がない道はいくらでもあり、自転車がすぐ近くを抜けて行くのだから、左側を歩かれると非常に危ない。
現状は歩行者の左側通行なんて、100%取り締まられていないけれど、場所によっては取り締まってもいいのではないか。
個人的には面倒だと思うけれど、そうしなければ整合性がない。

これまでは自転車が曖昧ラインの上にあったので、歩行者も曖昧なまま歩いていたが、自転車が自動車と同じように、左側走行を徹底されるようになると、歩行者だけ法律違反しててもいいですよとはならないはずだ。

そういえば、十日市辺りの自転車専用道は違法駐輪が並んで道をふさいでいるので、これも撤去することになるだろう。

社会というのは複雑に連関し合っているので、特定の事象を厳しく取り締まればハイ解決とはならない。
他にも、道路幅の拡張も当然考えなければならないし、そうすると税金の投入が必要になる。
個人的にはどういうラインを走るのかを全く想定していない、中途半端な自転車専用道を作られるよりはそっちのほうがいい。

なお、自転車を免許性にすべし!という意見もあるようだけれど、それは普通に考えて無理だろう。
警視庁におかれては、朝の横断歩道限定で奇矯なほど厳密に指導するのではなく、正しく自転車が車道を走れるような環境整備と、全ての交通者の意識改革をお願いしたい。

5月の病み上がりに、同じ160kmのツール・ド・国東を完走しているので、距離に不安はなかったけれど、コースとタイムは気にしていた。
目標は8時間以内だったが、結論から先に述べると、達成できなかった。
思った以上にタフなコースだったのだ。

簡単にインプレッションを記しておくと、まず、コースが非常に込み入っている。
かなり狭い道を走らされることが多くて、追い抜きが難しい。
宍道湖の周辺道路など、美しくて楽しい部分もあるのだけれど、中には「本当にこの道で合っているのか?」と不安になるほどの路地を走らされる。

超重要なポイントには整理員が立っているけれど、ほとんどは小さな案内表示が出ているだけなので、道に不慣れな人は非常に間違えやすい。
僕も一度、右折表示を見逃して直進しかけたし、連れも表示を見落として誤った道に進みかけた。
連れがいれば見落とし率は半分になるが、一人での参加はキツいと思う。
途中で20人くらいの選手がまとめて道を間違えたところに出くわしたし、その表示を見る限り、僕が先頭でもこれなら間違えると思える案内表示だった。
後半は前後に選手がいなくなるので、余計に不安になる。
妙な緊張感のある大会だった。

ただし、スタッフのホスピタリティが低い訳ではなくて、何人もレース中にトラブルサポートを受けている場面に遭遇した。
自転車レースではメカトラブルのサポートはないのが普通。
そうならないよう、しっかり点検して来ることが選手の心得だからだ。
それをフォローしてくれるのだから、この点においては「甘やかし過ぎ」と言えるほど手厚かった。
また、今回のレースでは、マキビシでも撒いてあるのか?と思うほど、パンクしている選手が多かった。
僕だけでも30人くらいは見かけたように思う。
センチュリーライドだから、初心者は参加していないように思うので、何か特別の要因があったのだろうか。
空気圧のチェックを忘れたとか、そんな初心者みたいなミスをする人はいないと思うのだけれど。
僕の連れは一人もパンクすることなく完走したのでよく判らない。

スタートはウェーブスタートだった。
僕は7時39分。
ちょっと漕ぐとすぐに前の集団に追い付いたが、道が狭いので追い抜くこともできず、かなりのんびりペースで走り続けた。
アベレージは20km以下かな?
抜きたくても車列に切れ目がないので、物理的に前に出ることができないのだ。

しかし、第1エイドから第2エイドの間でそこそこキツい坂があり、集団が伸びた。
この辺りからやっと普通に走れるようになった。
とはいえ、車速が遅いこともあり、僕はまだ、フロントインナーを使う必要を感じないほどだった。

本当にキツかったのは第2エイドから第3エイド。
激坂はないけれど、小山が延々と続くコースで気持ちが倦んでくる。
覚悟はしていたけれど、思った以上にキツいコースだった。
強烈な激坂が一つあるのではなくて、さざ波のように押しては返す坂の繰り返してで、徐々に脚が削られる感じ。
それまでのエイドで補給食は口にしつつも、空腹が我慢できなくなり始めた頃、第3エイドに到着。
補給食を食べ終わると、制限時間まで40分しかないことが判った
それまでは連れの2人が到着するまでエイドでそこそこ長い時間待っていたが、時間的にヤバいのでネコ吉さんと2人で先に進むこととした。

第4エイドまでは大根島を渡るコースなので坂はないが、向かい風が凄まじかった。
水面が波立つほどの風で、誰かの後ろに入らせてもらおうとしても、なかなかペースの合う人がいなくて困った。
30分ほど無賃乗車させてもらった集団列車があったけれど、その人たちも途中からバラけてしまったし。

さらに中海大橋を渡っている途中、右の大腿四頭筋に痙攣が来た。
ヤバいなと思いつつ、登りなので脚を止めることができないから、そのまま無理矢理回し続けたら回復してくれた。
第4エイドに到着し、サインを済ませると、名簿の半分くらいが埋まっていた。
第3エイドまではサイン済が半分以上だったので、少し焦ってしまったのだ。
「出場者のレベルが高いなぁ」とぼやきつつ、元来た道を戻った。
本当は中海を縦断するはずが、なぜか主催者の意向でコース変更があったのだ。

最終エイドに入る前に、松江駅の北西側の半島を走ったが、これが思った以上にキツかった。
最後の一山なのだが、こんな道を最後に用意しなくてもいいのにと泣きが入るほど。
もう坂道はいいよ、お腹いっぱいだよと言っているのに、容赦なくお代わりがやって来る椀子そば状態。
ギアをインナーローに落とし、一歩ずつ踏みしめるように前に進んだ。

やっと最終エイドに到着し、サインをすると1/3ほどしか埋まっていなかった。
序盤にのんびりしたので、ずっと下位に甘んじていたが、やっと上位1/3に入ったようだ。
エイドでもあまり長く休憩していると、逆に疲れるので、第3エイド以降は休憩時間を短めにしたのが良かったのだと思う。
休みすぎると筋肉が強ばってしまうのだ。

最終エイドからの20数キロは、冗談を言い合いながらリラックスして進んだ。
それでも途中の坂で再び右大腿四頭筋に痙攣が来たりして、そこそこ大変だったが、まぁ何とかやり過ごすことができた。
要は痙攣が来ても気にしないことだ。
ちょっとストレッチしたり、脚を止めたり、力を入れずにペダルを回していると、徐々に回復する。
よほど酷くない限り、自転車を降りることもない。
軽い痙攣はしばしばあることなので、気にしないことが重要だ。

ゴールに向かう数キロ前から、既にゴールした人たちが自走で帰ったりしていた。
中には満面の笑顔で拳を突き上げてくれる人もいて(もうすぐゴールだぜ!)、僕も笑顔でサムアップを返した。
実はゴールに気付かず、しばらく通り過ぎてUターンするという、何とも感動のないゴールだったのだが、逆にいえばそれくらい最初から最後まで判りにくいコースだった。
途中、何度もどこがコースなのか迷ったが、ゴールまで間違えるとは思わなかった。

走り終わった後の充実感は最高で、泣きたいような、笑いたいような、何とも言えず満たされた気分になった。
自分で決めたことを、自分の意思と力で達成できた喜びなのだろう。

色々あるにせよ、総じて素晴らしいイベントだったが、どうしても納得できなかったのは水分補給。
エイドでの水分補給が不十分で、一人紙コップ一杯の水分しか提供してくれないことが多かったのだ。
蒸し暑い気候も影響したが、自転車というのは非常に汗をかくスポーツで、僕はおそらくこの日、5リットル以上の汗をかいたと思う。
そうすると、それと同じくらいの給水が必要なのだが、紙コップ一杯では全く足りない。
自販機で買おうとしても、エイド近くの自販機は水とスポーツドリンクが全て売り切れている有様で、エイドに着けば給水が受けられると思っていた僕は、一時的にボトルが空になった。
自転車でボトルが空になるというのはかなり深刻である。
ダブルボトルのネコ吉さんは大丈夫だったようだが、僕はシングルなので常に走りながら水分補給と給水のことを考えているのだ。
ドリンクなんてそんなに高くないのだし、一人当たりせいぜいボトル2本なのだから、ケチらずに手当してほしい。
自転車における水分補給が、どれほど重要なのか、知らないはずはないのだし。

我々のゴールした約1時間後に残りの連れもゴール。
なかでも完走は無理と思っていた初心者が完走したのには驚いた。

その後は恒例の打ち上げを行い、そのまま崩れ落ちるように眠った。
とはいえ次の日は筋肉痛もなく、少しダルいくらいだったので、我ながら地力が付いて来たのかな?と感じた。

また、前日も雨、走り終わった後も雨だったが、走っている間にはほとんど雨が降らなかった。
この奇跡的な天候にも感謝したい。
友人が奥さんのハンカチを使って作ってくれたテルテル坊主が効いたのかもしれない。
何はともあれ、素晴らしい休日の一日だった。

夏のスイム練習が功を奏したようで、上半身と体幹が安定し、我ながらよく走れたと思う。
ネコ吉さんも「走りがハワフルになってるよ」と言ってくれたし、少しはレベルアップしているっぽい。
来年は200km&山岳コースの石見グランフォンドに挑戦したいが、それまでにはもっと地力をつける必要がありそうだ。

目標のある生活

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先週、複数の人から「なぜそんなにストイックなのか」と問われた。
自分ではそう思っていないので、そうかな?と答えた。
友人たちと遊ぶことも多いというか、むしろ遊び過ぎないよう、セーブしているくらいだ。

しかし、彼らの指摘はそこではなく、日々の運動のことらしい。
朝早く起きて走ったり、仕事が終わって泳いだり、週末にサイクリングしたり、そういう生活が禁欲的に映るらしいのだ。

確かに運動のことを考えると、色々と無茶はできない。
例えば飲み過ぎで肝臓が弱っているとエネルギーとしてグリコーゲンを使う長距離は苦しくなるし、二日酔いの脱水状態で運動をするのは危ない上に楽しくない。

時々やってしまうけれど、無茶に食べるのもNGで、体重が増えるとウエイトを付けて運動しているのと同じなので、やはり苦しくなってしまう。
寝不足もそうで、運動後にしっかり休息しないと筋肉の回復が望めないし、回復しないと次の運動が行えないし、レベルアップしない。

だから僕は飲み過ぎや食べ過ぎに注意しながら、自分のレベルに応じた運動を行って、しっかり休息している。
そういう生活サイクルは通常、禁欲的に映るのだろう。
また、最近はヘルニアや交通事故に遭いながら、しばらくしたらスポーツに復帰するので、なぜそこまでするのか?と思われるようだ。

理由を述べるならば、僕には目標があるからだ。
僕には「70歳になっても現役の競技者でいる」という目標がある。
これがモチベーションだ。

今からどんなに頑張っても何かの大会で優勝どころか、入賞すら不可能だろう。
そういう意味では優れた競技者になることはできないが、息の長い競技者にはなれるのではないかと考えている。
僕はこれからの人生を、現役の競技者として過ごしたいのだ。

そのためには少しくらい痛いからといって運動を止める訳にはいかない。
痛ければ痛いなりの運動を行えばいいのだ。
今後、年齢を重ねれば様々な故障が出てくるだろう。
その度に休んでいたら、目標である70歳の競技者は実現できない。
だから少しくらい痛くても運動する。

目標が明確であれば、それに向かってどのように行動すべきか、自然と答えが導かれる。
今の僕の生活パターンは、その目標に基づいて定められている。

そして、長期目標達成のための短期目標も定まってくる。
 ○ 9月の160km自転車レースで8時間以内の完走。
 ○ その一週間後の24時間リレーマラソンで、自己最高距離の走破。
 ○ 11月の国際平和マラソンで40分台の完走。
これらの短期目標がどれだけ実現できるか判らないけれど、そのためには練習するしかない。
自分で定めた目標に向かって努力することは、極めて個人的ではあるけれど、素晴らしい経験だ。

もちろん、僕がこのサイトを始めるにあたって掲げた「広島の食文化を向上させる」という目標も下ろしてはいない。
これからは二つの目標が僕の人生の行動指針になるだろう。

なお、プライベートだけではなくて、仕事における目標もあるけれど、それはちょっと秘密にさせてもらいたい(笑)
ロードバイクを買ってから、ぼんやりと考えていたことがある。
以前から名前だけは聞いていた「ツール・ド・国東」に出場してみたい。
調べてみると160km、いわゆるセンチュリーライド(100マイル)なので、本格的に自転車に乗り始めて2年目の僕の実力からすればギリギリかな?と思った。

そのことを友人に話すと、一緒に行こうと盛り上がり、そのままエントリーしてしまった。
さぁ、温かくなったらしっかり練習するぞと思っていたが、仕事が異様に厳しくなり、さらに2月末には腰のヘルニアで入院してしまった。
左脚に麻痺が出て、寝返りさえ困難。
歩くなんて5mでも無理な状態で、3月は寝たきりの日々が続き、足腰がすっかり萎えてしまった。
大会1ヶ月前でも前屈みになることが難しく、重たいモノは全く持てない状態。
主治医の先生に相談すると、しばらく考えた後「自己判断で出られると思ったら出てもいいですよ」と言われた。
何とかリハビリしなければならないが、まだランニングは痛くてできないので、日々の通勤を徒歩にした。
往復で9km、1日約2時間の運動だ。
これで徐々に脚と腰回りの筋肉が戻ったように感じた。
もちろん、本調子ではないけれど。

自転車は4月の半ばに軽く40kmくらい走って、4月の終わりに80km走ってみた。
腰は何とか大丈夫。
これなら行けると判断し、大会の前日、大分へ向かった。

当日は朝6時に起き、前日の夜にコンビニで買ったおむすびと味噌汁をお腹に入れる。
自転車レースは長丁場なので、しっかり食べておかないとエネルギー切れが起きるのだ。
僕も一度経験したが、これはもの凄くツラい。
その時の反省もあり、背中のポケットには専用の補給食をたっぷり入れた。

一緒に出場したのは、
むさしさん:http://twitter.com/#!/634co
の2人。

受付をして初めて発覚したのだけど、今年から全員同時のパレードスタートではなく、3回に分かれての時間差スタートになっていた。
僕とネコ吉さんは幸い第1グループだけど、むさしさんは我々の30分後にスタートする第3グループ。
30分も時間差があれば10km〜15kmの差がつく。
頑張って追いついてねと言いながら、こりゃ厳しいなぁと思っていた。

スタートしてすぐに僕はネコ吉さんの後ろに入る。
今回は僕が病み上がりなので、ネコ吉さんがサポートを買って出てくれたのだ。
ロードバイクに乗っている人なら誰でも知っていることだが、人の後ろを走ると本当に楽。
特に向かい風では疲れ方が全く違うのだ。

スタートしてすぐに山の中に入る。
ちょっとした坂をダラダラ登って一気に下り、次の坂を登ってまた下るの繰り返し。
一つ一つはそれほど急坂ではないけれど、常に登りか下りなので徐々に倦んでくる。

また、トンネルが多いのにも参った。
トンネル内の事故が多いと聞いていたので、最初から最後までテールランプを点滅させて走り続けたが、中には全く灯りのないトンネルもあり、一瞬だけど地面を見失ってしまった。
ヤバい!落車する!と思った後、再び地面が見えたので助かった。
登りでなければ時速30km以上で走っているため、落車すると自分のダメージも大きいが、後続車を巻き込む二次災害がもっと怖い。
おそらく何台も巻き込んだ大事故になってしまうだろう。

スタートから32kmで第一エイドがあり、水を補給してトイレを済ませる。
腰はまだ大丈夫だったし、天気予報ではにわか雨が降るとのことだったが、ぎりぎり雨は落ちていない状況だった。
52kmの第二エイドまでも山道で、ダラダラと登りと下りを繰り返す。
この辺りに激坂があると聞いていたが、まだそこまで酷い坂はなかった。
ただ、ネコ吉さんの登坂速度に付いて行けなくて、頂上で彼を何度か待たせてしまった。
登りはやはり腰にダメージがあるのだ。

70kmの第三エイドに着くと、梅干しと漬物の振る舞いがあり、これが滅法旨かった。
身体が塩分とクエン酸を欲しているのだろう、僕は梅干しを4つも食べ、漬物もバリバリ食べた。
ここでスタッフのおばちゃんが「梅干し食べて地獄の坂を登るんよ〜!」と教えてくれた。
途中の案内看板にも地獄の激坂と書いてあり、最大の難所であることが判る。
どんな坂なんだろうとドキドキしながら先へ進んだ。

エイドを出てすぐに1km以上の長い坂があり、確かにうんざりしたけれど、地獄と呼ぶほどではない。
インナーローでゆっくりと着実に登った。
すると、その先に「急な登り」という看板が出ている。
左折すると、おぉ!これまでで最大の斜度だ!と思える坂が出現した。
しかし、距離がかなり短くて、僕は頂上から先にもっと酷い坂が待っていると思って登ったが、あっさりと終わってしまった。

ネコ吉さんは「これが地獄の坂か?」と拍子抜けな様子。
確かに、しまなみ海道の因島の北側や大三島の西側に比べると全然楽。
本物の激坂は、下から見ただけで心が折れそうになるけれど、そんなレベルではないのだ。

一部の本気度が高い選手たちは坂道でもグイグイ飛ばしていたが、大部分の選手は平地でびゅんびゅん飛ばしている割には山道で遅い。
僕でも追い抜くことがあるくらいで、ネコ吉さん曰く「平地ばかりだから登りの練習が足りないのかもね」とのことだった。

93kmの第四エイドは昼ご飯で、両手に持ちきれないほどの料理が出た。
豚汁、たこ焼き2個、バナナ1本、イチゴ6個、鶏の唐揚げ1個、切り干し大根、ヒジキ煮、漬物、おむすび3個、パン1個という内容。
煮物や味噌汁の味付けが濃すぎるのには参ったが、パン以外は全部食べた。
パンはビニール袋に入っていたので、そのままスタッフに返した。

ここで50分くらい休憩したのかな。
むさしさんを待っていたが来ないので、先に出発してしまった。
あとから話を聞くと、むさしさんが到着した頃には豚汁、たこ焼き、おむすび、イチゴくらいしかなくて、しかも「早く食べないと足切りですよ!」と急かされたらしい。
30回も開催しているのに、ちょっとこれは稚拙だ。

第四エイドを出て、制限時間の8時間には何とか間に合いそうだなと思いながら走っていると、登り坂の手前でネコ吉さんのチェーンが外れた。
僕もコースアウトして、大丈夫?と声をかけながら、すぐに直ると思った。
チェーンが外れたくらいなら3分もあれば十分だ。

しかし、フロントギアとフレームの間にチェーンが落ちてしまい、どうやっても元に戻らなかった。
仕方がないので後輪を外し、本格的に直そうとするがどうやっても引っかかって抜けない。
新品のバイクなので、何とか傷をつけずに直そうとするが、何度やっても無理だった。
こういう時のためにメカニックが走っているのではないか?と待ってみても、全くやってこない。
どうやらこの大会では、そういうサポートは行われていないようだ。

ネコ吉さんが購入した自転車店に電話したが店休日。
僕が買った自転車店に電話しようとするが登録していなくて、タウンページで探しても電話番号が出ない。
僕がもう1台の自転車を東急ハンズで買っていたので電話すると、店長の瀧川さんが電話に出てくれ、事情を説明するとすぐに理解し「力技で引っこ抜くしかない」と断言してくれた。
ちょうどその時、手伝ってくれた見ず知らずの選手が同じ助言をしてくれたので、ギアを回しながら無理矢理チェーンを引き抜いた。
何とか復旧し、レースに戻ろうとすると、むさしさんが追い付き「どしたんや?」と止まってくれた。
この頃から雨が酷くなったが、3人揃って隊列を組んで進もうとすると、むさしさんはもう脚が動かんと歩き始めた。
僕とネコ吉さんはまだ余力があるので、取りあえず次のエイドまでと思って先を急いだ。

132kmの第五エイドに到着した頃は雨が激しくなっており、運動を止めると身体が冷える。
それじゃなくても雨の日は腰が痛むのに、レース後半ということもあり、僕の身体も結構キツかった。
しばらくむさしさんを待ったが来ないし、ここから時速30km以上で巡航すれば、門限の17時に間に合うと判ったので、最後の力を振り絞ってペダルを踏んだ。
最後なので平地は30km以上のペースで飛ばし、前を行く選手を次々に抜いた。
メカトラブルの30分で、自分たちと同じレベルの選手は先に進んでしまったのだ。

雨は本降りになり、僕はネコ吉さんの自転車が跳ね上げる泥飛沫を全身に浴びた。
背中は自分の自転車の泥飛沫を浴びており、全身ドロドロ。
シューズの中まで水浸しになり、ぐちゅぐちゅして気持ち悪いし、視界が悪くて前が見えない。
僕は大会前に高性能サングラスを買っていたので、何とか無事に走ることができたけれど、そうでなければ眼に雨や泥が入って走れなくなっていただろう。

残り5kmの看板を見た後は、さらにペースを上げたが、ゴールしたのは17時を2分過ぎていた。
トータルでは8時間10分。
ネコ吉さんはメカトラブルがなければと悔やみ、僕に申し訳ないと言ってくれたが、僕は彼に最初から最後まで引っ張ってもらったから完走できたのだ。
トラブルなんて誰に起きるか判らないのだし、それらを全部含めてレースだと思う。

むさしさんも我々に遅れること10分ほどで無事ゴール。
ゴールの余韻に浸る暇もなく、とにかく寒くて寒くて震えが止まらないので、駐車場へ移動した。
実はスタートとゴールが6kmも離れており、ゴール後さらに6km走らなければ帰られない仕掛けになっているのだ。
震えながら駐車場に辿り着き、かじかむ手で前後輪を外し、ざっと雑巾で掃除して車に積み込んだ。
この時が最もツラかった。
疲労に加えて身体が芯まで冷えており、口を開くのも億劫なほど。
何とか宿へ辿り着き、着替えを掴むと直ちに風呂へ飛び込んだ。

その後はドロドロのウェアを洗濯して部屋に干し、晩ご飯を食べに出かけた。
この日の状況はツイッターに随時投稿したので、写真付きでご覧いただける。

走ってみて思ったのは、広島に住んでいる我々が普段走っている、しまなみ海道やとびしま海道は、本当に素晴らしいコースだということ。
起伏に富んだコースといい、景色の美しさといい、本当に恵まれたコースだ。

昨年出場した「しまなみアイランドライド2010」や「安芸灘とびしま海道オレンジライド2010」の大会運営も素晴らしい。
僕だけでなく、ネコ吉さんやむさしさんもそうだけど「ツール・ド・国東」は歴史のある大会だから、もっと大きなお祭りだと思っていたのだ。
しかし、メカニックもいないし、ショップの出店もない。
スタートは地味だし、ゴールは拍子抜けするほど呆気ない。
ゴール前の盛り上がりがなくて、あれ?ゴールなの?という感じなのだ。
さらにゴールした後もカボスジュース1本で終了。
マラソン大会も含めて、これほどあっさりした大会運営は初めてだった。

ただし、エイドの食糧はとても充実していて、バナナなどは常に置いてあったし、最後まで補給食で困ることはなかった。
これが「おせったい」と呼ばれる、この大会の特徴だと思った。
ただ、あとのことを考えずに接待してくれるためか、むさしさんは「俺、バナナは1本しか喰えんかったよ」とぼやいてたが。

さらに後日談があり、広島に帰って自転車を降ろしていると、僕の自転車の後輪がパンクしていたのだ。
いわゆるスローパンクチャーというヤツで、おそらくレースの後半には徐々に空気が抜けていたと思われる。
もし、ゴール直前でパンク修理をやらなければならない状況になっていたと思うと、考えただけでゾッとする。
時間もロスだし、雨中で手がかじかんで動かないから、大変な作業になっていただろう。
ゴール後だとしても、冷えきって震えながらの作業になることは変わらないのだから、駐車場まで自走できたのは本当に幸運だった。

こうして僕の初センチュリーライドは終了した。
腰へのダメージも思った以上になかったので、これからまた本格的に練習する予定。
次の目標は、9月18日(日)の「しまなみアイランドライド2011」だ。
今年は昨年諦めた、最難関の190kmコースに出場したいと考えている。

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いつもの「SHIMOOKA」へ散髪に行くと、店長の神谷さんから「大丈夫ですか?」と言われた。
最近、サイトも更新していないし、ツイートもしてないので「SHIMOOKA」に来る客が「そういえばシャオヘイってどうなってるの?」と口々に訊いていたらしいのだ。
神谷さんは「そんなこと僕に言われても知らんがな」と答えつつ、心配してくれていたらしい。

そういえば1ヶ月くらい、ツイートしていないように思う。
実際のところ、体調がとても悪く、気持ち的にもダウナーだったので、最低限のことしかせず、じっと回復を待っていたのだ。
この1ヶ月は、野生動物が怪我をしたとき、痛みに耐えてじっと動かないように、コミュニケーションを断ち、身体の声を聴き、一人静かに過ごしていた。
僕にはそういう時間が時々必要なのだけれど、今回はダメージが深く、その分少し長かったのだ。

今も完全に回復したとは言えないけれど、多くの方にご心配をおかけしているようなので、徐々にリハビリしたいと考えている。
ツイートも週末くらいは少しずつ増やそうと思う。
平日はバタバタして余裕がないことが多いし、特に2月は忙殺されることが確実なので、本当に徐々にだけれど。

そんな中で嬉しいことがあった。
長く待ち望んでいた通勤用自転車がやっと届いたのだ。
今度の自転車は、クロスバイクというよりも、フラットバーロードに近い。
僕はどうもクルマも自転車もスポーティなモデルが好みのようだ。
見た目は全くスポーツマンらしくないんだけどね。

フロントが一枚だから峠は無理だけれど、広島市内のようなほとんど坂がない街であれば、前に二枚も三枚も要らないし、メンテナンス性を考慮するとシンプルで良いと僕は判断したのだ。
気に入って選んだのでとてもきれいな自転車だが、非常に汚れやすい車体なので、しっかりとコーティング剤を塗り込んだ。

まだフェンダーを付けていないが、本所工研の製品を注文しているので、届いたら装着してもらう予定。
通勤用だから、フェンダーは必須なのだ。
他にもペダルやタイヤを変えたいけれど、その辺りの改造は楽しみながら徐々に行いたい。

自転車といえば5月の「ツール・ド・国東」センチュリーライドにもエントリーしたので、これからしっかり練習して力を付けたいと思う。
9月には「出雲路センチュリーライド」があるので、そちらにもエントリーしようかな。
ちょっとしたトラブルでインターネット環境が途切れていたのと、週末出勤が続いていたのでやっと書けるのだけれど、12月5日(日)に行われた、このレースに参加してきた。

まず総括すると、今年の3月に走った「とびしまハーフマラソン」の時も感じたが、しまなみ海道に比べ、とびしま海道は住民の方々が素朴で、声援が温かい。
仕事の手を休めて、多くの人が本気で手を振り、声をかけてくれる。
天候にも恵まれ、素晴らしい景色を堪能しながらの90kmだった。

ただし、しまなみ海道に比べて施設、設備が弱いことは否めない。
コンビニがおそらくゼロではないかと思うし、道が狭くてカーブが多い。
路面も荒れたところが多く、パンクしている選手をたくさん見かけた。
細い道では追い抜きが難しいので、どうしても集団走行になる。
今回は、一緒に参加した634さんとネコ吉さんと、60kmくらいまで一緒に走った。

最初の難関は豊浜大橋に向かう広域農道の長い坂。
あんなところまで登るのか!と思うほど長い登りだが、そこまで辿り着くとまだ先があることが判る。
さらにカーブを曲がるとまだ登りが続いていて、選手の気持ちを折るような激坂だった。

今回はロードバイクだけでなく、色んな自転車が参加していたが、スポーツ車以外の人は降りて歩いている人が多かった。
スポーツ車の人でも歩いている人がいたくらいだから、仕方がないだろう。
しまなみ海道は、自転車専用のルートがあって、そこは緩やかな坂になるよう、設計段階で気配りされているが、とびしま海道は容赦がない。
そもそも「農道」だから、自転車のことを考慮していないのは当たり前なのだ。

ここでもネコ吉さんがアタックをかけたが、今回は何とかついて行くことができた。
しまなみ海道の時は、因島の北側の激坂で彼に置いて行かれたのだ。

その後は豊島の北側、大崎下島の北側を抜けて、愛媛県の岡村島へ。
この岡村島の道が結構辛かった。
道が細い上に路面がかなり荒れている。
事故が怖いので無理な追い抜きはせず、25kmくらいのスローペースで進んだ。

この頃まで、僕とネコ吉さんの2人旅になっていて、634さんは少し遅れているのかな?と思っていたら、すぐ後ろに付けていて、折り返して大崎下島の南側では「今度は俺が風除けになってやるよ!」と率先して我々を引いてくれた。
そして、3人チームのまま35km地点のエイドステーションに到着。

我々の前に30人×十数チームが先行スタートしていたので、途中、そこそこ抜いたけれど、200人くらいは先に到着していた。
メインの食事は牡蠣味噌汁。
ますや味噌の提供らしく、ちょっと化調がきつかったけれど、牡蠣が5粒も入っていて旨かった。
しかし、どういう計算をしていたのか、その後に訪れたハーフコースの人たちは、牡蠣の入っていない牡蠣ダシ味噌汁だったらしい。
個人的には牡蠣は3粒でいいから、もう少し汁がほしかったので、ちぐはぐだなぁと感じた。

その他、みかんジュースやキャラメル、みかんの振る舞いがあり、みかんジュースを飲んで、みかんを食べて、トイレに行って再出発した。
ここからも3人体制でチームを組み、豊浜大橋、豊島大橋を超えて行ったが、豊島大橋を渡ってすぐだっただろうか、僕が先頭を走っていて、後ろから634さんが「ネコちゃんが先に行ってくれって!」と声をかけてきた。
パンクなどのメカトラブルならば、手があったほうが助かるので、戻ろうかと言うと、どうもそうではないとのこと。
すぐに追い付くとのことなので、ちょっとペースを落として先に進んだ。

なかなか追い付いて来ないなぁと思いつつ、61kmのエイドステーションに到着した。
すぐに634さんも入ってくる。
ネコ吉さんどうしたのかね?と話しつつ、呉細うどんに数名並んでいたので、とりあえず我々も並んだ。
そうこうしているとネコ吉さんが到着。
どうしたの?と訊くと、足が痙攣したとのこと。
登りで1回来て、2回目が来たので降車してストレッチをやっていたらしい。

それは災難だったねと言いながら細うどんを食べた。
麺は元祖の「山乃家」のもので、社長自らが調理してくれていたが、いかんせん釜が小さすぎ。
そこへテボを突っ込んで茹でているから、客のペースに追い付いていない。
茹でたうどんにネギやちりめんを載せて、濃いぶっかけタレのようなもので味付けして供する。
量は少ないが、咽喉越しの良いうどんはエイドとして上々の旨さだった。
「下関海響マラソン」の時もそうだったけれど、こういう麺類は非常にありがたいのだ。

ここでもみかんジュースやみかんを振舞ってくれ、特にみかんは食べ放題。
まぁ、1つ食べれば十分だけど、オレンジライドという名前通りで嬉しかった。
僕は膝に軽い痛みが出ていたけれど、これは1ヶ月前のフルマラソンのダメージだろうと軽く考えていた。
634さんは少し疲れているっぽいし、ネコ吉さんは少し消耗している様子。
ちょっと長めの休憩を取って、再出発することにした。

僕が一番余裕がありそうだったので、やはり先頭を引いたが、なかなか都合良く引っ張ってくれる人がいない。
そのうち、30kmくらいで気持ち良く飛ばしている人が見つかったので、その人の後ろに付くことにした。
すると、その人は結構ブンブン飛ばして、最初は遠くに見えた集団に追い付いてしまった。
この頃になると前後が疎になっているので、同じ程度のレベルの人が集まる集団はなかなかない。
先頭はビブスを付けたサポートスタッフだから、遠慮せずに後ろに付けるし、30km前後でブンブン飛ばしてドンドン追い抜いていく。

この集団の前に出ると、自分が引くことになるし、30km以上で飛ばさなければならないので、後ろに付いたまま残り6kmくらいまで楽をさせてもらった。
この頃にどうしたことか車列が乱れ、サポートスタッフが少し前に出てしまった。
僕は彼に付いて行きたかったので、前の人たちを抜いて、彼の後ろに付いたのだが、サポートスタッフの彼は、あくまで集団を引くつもりだったらしく、僕に「先に行け!」と合図を送ってきた。

僕は正直、えぇ〜っ!だったら僕も下がって付いていくよ!と思ったけれど、まぁ残り5kmくらいだから3人体制で進もうかと思って後ろを振り向くと、ネコ吉さんも634さんもいない。
何度も振り返ったが、やはり姿が見えないので、どのくらい離れているのかも判らず、仕方がないので一人旅で進むことになった。

残り3kmくらいで向かい風が激しくて、一人旅なんてやるんじゃなかったと後悔しながら、あと少しと思って脚に力を入れる。
今回はしまなみ海道の教訓を活かして、エイドステーションの度にカーボショッツを注入していたので、最後までシャリバテにはならなかった。

「とびしまハーフマラソン」の時も、この坂が最後の難関だったなと思い出しつつ、県民の浜に向かう最後の坂を越え、4時間13分でゴール。
ハーフコースに参加して、既にゴールしていたサファイアさんと合流し、しばらくするとネコ吉さん、634さんが帰って来た。
634さんはエイドステーションを出た後、しばらくして「こりゃ速すぎる」と思ったらしく、後ろに下がったらしい。
ネコ吉さんは、僕がサポートスタッフを追い抜いたところで諦めたとのこと。
いやあれはそういうつもりじゃなかったんだよと弁明したが、結果としてチームで走られなかったのは残念。
今度はもう少し上手に連携できればと思う。

ゴール後は受付で完走証を受け取り、昼食券と参加賞をもらった。
参加賞はモンベルのプラスチックボトル。
これはちょっとショボイというのが正直なところ。
参加費5,000円で、スタッフも多かったから、仕方がない部分があるのかもしれないけれど、少なくとも使えるものであってほしかった。
そのままゴミになるのであれば、資源的にも無駄だからだ。

昼食は当初、弁当と書いてあったが、海軍カレーになっていた。
そこへキリンが試供品のノンアルコールビールを配ってくれる。
受け取って食べたが、元々家庭的なカレーライスが苦手な僕にとっては、腹が減っていても手が進まなかった。
ご飯はベタベタだし,カレーソースはもっさりしてスパイス感がない。
ノンアルコールビールも含めて、申し訳ないけれど、どうしても完食できなかった。

まぁ、第一回目だし、細かい部分は徐々に良くなるだろう。
何よりも最初に述べたとおり、島の人たちのホスピタリティが素晴らしい。
今度はレースがなくても、個人的に訪れたいと思った。
いくつかレストランがあるので、そこで昼ご飯を食べることを目的にして訪れれば、結構楽しめると思うのだ。

おっと、そういえば書き忘れるところだった。
もう1人、ぺいつんさんも出走していたが、出発前の服装は完全に街歩き仕様。
下着はコットンだし、レーパンも履いてないっぽいし、緊張感が全くない。
そんな格好でロードレーサーに乗るの?と、訝るレベル。
そのため、最初から最後までレース中に出会うことはなかった。
後から聞くと、6時間8分だったらしいから、完走しただけでも凄いと思う。
まぁ、自転車の楽しみ方はそれぞれだし、ポタリングも楽しいものだからね。

来年も出るか?と問われれば、僕は出たいと思う。
素晴らしいレースだったし、地元で行われるサイクルイベントは少ないのだから、大切に育てたいからだ。
今夜は他に書こうと思っていたことがあったのだけれど、ブログを巡回していて衝撃を受けたので、そのことについて書く。
僕がロードバイクを買った店の店主の奥様が亡くなられたのだ。
http://blog.goo.ne.jp/bicinoko

僕は特に彼と親しい訳ではない。
自転車を買ってからも何度か店を訪れたが、それ以上でもそれ以下でもない、常連でもなんでもない客だ。

しかし、彼の抑制の効いた文章の行間に込められた、奥様への想いに涙が溢れて止まらなかった。
この笑顔の素敵な女性が、もうこの世にはいないのだ。

彼の喪失感はどれほどのものだろう。
僕にはわからない。
理解できるはずもない。
ただ、神がいるならば「あなたは残酷だ」と糾弾したい。

僕ならばどうだろう。
両親と妹が先に死んだら、、、想像するだけで絶望する。
両親はものすごく嫌だけど、仕方がない。
子供の骨を拾わせる訳にはいかないから。

でも、妹はちょっと勘弁してほしいな。
彼女は既に嫁に行っているけれど、昔からとても仲が良いのだ。

再確認したのは、一緒にいる時間のかけがえのなさ。
ただ寄り添う。
一緒にお酒を飲んで旨いねと言い、一緒にテレビを観て笑って、一緒にこたつに入ること。
それが「幸せ」なのだ。
あまりに何気なくて気付きにくいけれど。

部外者の僕はただ、奥様のご冥福をお祈りするほかはない。
辛いけれど、しんどいけれど、いつまでも泣きたいけれど、遺された彼は立ち上がるしかないのだ。
きっと。
1ヶ月ほど前に自転車がヤバいと書いたが、ついにお亡くなりになった。
満身創痍だったので、仕方がないと思う。

長く僕の愛車だった、プジョーメトロ改の最後はチェーンステイの断裂だった。
こうなると修理できない、というか、溶接すれば何とかなるかもしれないけれど、どうせ次の不具合が出るに決まっている。

まずヘッドチューブの繋ぎ目部分がぐらぐらしているし、スプロケットの歯もいくつか飛んでいる。
スポークも寿命が来ていて、半年ほど前に1本折れたので直したが、その他のスポークもいつ頭が飛ぶか判らない状態だった。
さらにボトムブラケットからギシギシと変な音がし始めていたので、これはいよいよ寿命と覚悟していたのだ。

タイヤもサドルも2〜3回代えたし、グリップはもっと頻繁に代えたと思う。
フェンダーも自分で買って取り付けたりして、愛着があったけれど、さすがにアウトだ。
購入してから何年だろうか。
ざっと計算しても7年くらいかな。
平均しても1日1時間は乗っているから2,500時間か。
申し訳ないけれど、ここまで乗ったのだから自転車としても本望だろう。
ちなみにプジョー社は既に自転車を出していないので絶滅種だ。

最後はサドルやライトなど、使い回しのできるパーツを外してリサイクルの自転車店に持ち込む予定。
まだタイヤが生きているので、それだけでも誰かの役に立てばいい。

既に新しい自転車は注文しているが、入荷は1月末の見込み。
まだ3ヶ月もある。
最近はずっと仕事が遅いので、自転車がなくなると非常に困る。
僕が住んでいるところは、最終の公共交通機関が22時半なのだ。

その間の繋ぎに中古の自転車を買おうかな?、とネットで調べたら竹屋町に「シルバースター輪業」という店があった。
(↑音が出るから注意)

昼ご飯で出かけたついでに訪れてみると、中古専門に扱っているとは思えないくらいしっかりしていた。
何よりも店内が整頓されているのがいい。
中古自転車を扱う店は、とかく片付いていないことが多くて、僕はそれが苦手なのだ。
身の回りを片付けられない人とは性格的に合わないから。

先月たくさん売れたのであまり在庫はないとのことだったが、事情を話すとちょっと錆びているミニベロなら3,500円でいいよとのことだったので購入決定。
新車が来たら、ここに売りに来ればいいのだ。
壊れた自転車も引き取ってくれることになった。
ありがたい。

短い期間だけど、ミニベロって初めてなので、それはそれで楽しいかな?と思っている。

10月10日(日)に行われたこのイベントに友人たちと参加した。
http://www.tv-osaka.co.jp/shimanami2010/

同行してくれたのは以下の3名。
この文章と彼らの当日のツイートを読んでいただけると、この日の出来事が立体的に伝わると思う。

@nekokichi34(ネコ吉さん:ジオス)http://twitter.com/nekokichi34
@dai1975(大ちゃん:スペシャライズド)http://twitter.com/dai1975
@634co(ムサシさん:チネリ)http://twitter.com/634co

当日の僕のツイートもここで読める。
http://twilog.org/xiaohei34
愛車は写真に少し写っている赤のメルクスだ(3倍早い、ということはない)。

当日は朝7時に向島運動公園出発だったので、6時到着を目標に現地到着。
我々は車に自転車を積んで向かったが、5時頃から雨が降り始めた。
これって自走する人は物凄くツライだろうなぁと車中で心配していた。
実際、尾道が近くなるとまだ暗い道をロードレーサーで疾走している人が増えてきた。
向島に入る前には雨も止んだが、自走での参加者は大変だったろうと思う。

向島に入ると夜明け前の薄暗い道をロードレーサーが隊列を組んで進んでいる。
自転車人気とはいえ、ロードレーサーに乗る人はまだそれほど多くないので、たくさんのロードレーサーを見るとドキドキする。
会場に入ると参加者はかなり集まっていて、着替えをしたり、自転車を組み立てたりしている。

詳しくない人のために補足すると、ロードレーサーというのは、前輪や後輪が簡単に取り外せるので、分解して運ぶのが普通なのだ。
実際、僕たちも前輪を外して運んだが、工夫すると軽乗用車にでも3台乗せることができる。

ロードレーサーで最も重要な空気圧の最終チェックを行い、ボトルにドリンクを補給して、直前のトイレを済ませ、参加者の待機場所に進んだ。
我々が参加するのは、制限時間10時間の130kmコースだが、200kmコースに参加する猛者は既にスタート地点に並んでいる。

なるべく追い抜きを少なくしたいからだろう、スタッフから「どのくらいのペースで行きますか?」と訊かれた。
つまり同じ130kmのコースでも速さで並ばせようということなのだ。
速い順にABCとあったので、我々はBチームに入った。
本当に力のある人は200kmコースに参加しているはずだから、自分たちの実力はそのくらいと踏んだのだ。

Aチームがスタートしてしばらく待ち、Bチームのスタートはちょうど7時。
もちろん元気一杯なので、ぐんぐんペダルを回す。
しかし、すぐに因島大橋があるのでゆっくり(時速20kmくらい)縦列で進む。
交通規制があるわけではないから、対向車があるし、細い道で無理な追い越しは厳禁なのだ。
それでも一部のマナーが悪い人がやっていたけれど、この序盤に見かけたシニアの方のペダリングの美しさと気遣いには心を打たれた。
全てのシニアがそうではなかったが、自転車乗りとしてのマナーがしっかりしていて、ガツガツしていなくて、僕も将来、こういうシニア選手になりたいと感じた。
ただその後は、結構がっつり踏み続けたので、彼らとの邂逅は序盤のみだったが。

因島大橋を渡り因島の南側へ回り込むと、事前のコースマップでもアップダウンが激しいと書いてあった。
ある程度は覚悟していたが「鬼坂」と呼ぶに相応しい過酷さだった。
序盤だから元気良く回せたが、後半にこの坂を用意されていたら絶対に恨んでいるだろう。
それくらいはキツイ。

ここまではネコ吉さんと雑談しながら来ていたが、前の集団が遅いことに業を煮やして彼がアタックをかけた。
僕は付いて行けなくて「うぉっ!ネコさんすげぇ!」と見送るのみ。
しかし、この時点で200kmコースの人たちが続々と自転車を降りて押して歩いていた。
ナンバーカードの色が違うから判るのだが、ちょっと待て、君たちは200kmコースだろ?こんな坂で歩いてどうする!と少し呆れた。
その後も先にスタートした200kmコースの人たちを抜く展開が続いたので、僕の未熟な感覚だけど、200kmの恐さを知らずにエントリーした人が多かったのではないか。
たぶん、彼らは完走できなかったと思う。
ハーフマラソンとフルマラソンが違うように、自転車も100kmと200kmは全然違うのだ。

因島南のアップダウンでそこそこ頑張ったので、大ちゃんとムサシさんはどうだろう?と思っていたら、最初のエイドステーション、因島総合支所の直前で大ちゃんが「キツかったですね~」と後ろから声をかけてきた。
おぉ、来てるじゃないか!と嬉しくなって同時にエイドステーションにピットイン。
結局、大ちゃんとはほぼ全区間を一緒に走ることになった。

僕と大ちゃんがピットインした時に、ネコ吉さんが飛び出すのが見えた。
我々も遅れてはならじと給水や自転車の調整を済ませて出発しようとした矢先にムサシさんが飛び込んできた。
「あれ?休憩せんの?」と言われたが、僕らは休憩したから先に行くよと声をかけて先に進む。

この後は生口島の南側を、結構快調なペースで進んだ。
ずっと平地だったので平均時速30kmは出ていたと思う。
原付の制限速度並だが、奇妙な話で自転車の制限速度は自動車と同じなので、速度違反にはならない。
後からサイクルメーターを見ると、この日の最高速度は55.5kmだった。

この頃から少しずつ隊列がバラけて、誰かの後ろに付いて走るのが難しくなってきた。
自転車レースをご存知の人なら判るだろうが、自転車というのは誰かの後ろに付いて走るともの凄く楽なのだ。
逆に先頭を走るのはとても苦しい。
何を間違えたのか、生口島の南側は僕の後ろに隊列が出来てしまい、かなり長い間、僕が一団を引くことになってしまった。
昔から頼られると実力以上に頑張る性質なので、坂で力尽きるまで引いてしまった。

多々羅大橋を渡り、多々羅しまなみ公園のエイドステーションに入るとネコ吉さんがいて、休憩したから先に進むとのこと。
大ちゃんのトイレを待って、我々もスタートした。
この時点でムサシさんは未着だったが仕方ない。

大三島は北側からぐるりと一周コースだったが、これが想像以上にタフなコースだった。
多々羅しまなみ公園からふるさと憩の家まではそれほどでもなかったが、島の南側が強烈。
長い坂が続き、心と身体の強さを試されているよう。
ここまでに50km以上走っているので疲れも感じ始めている。
実は30kmくらいで一度、左足のふくらはぎに軽い痙攣があり、その後は右足の裏側が攣りそうにカチカチになったりと、誤魔化しつつ来たが軽いトラブルはあったのだ。

そして、80kmくらいで200kmコースの人たちが大三島橋に進んでしまうと、周囲は130kmコースの人たちだけになった。
そのため周囲の選手の距離が大きく開いてしまう。
走りにくいなと思っていたら、一気に身体が冷えてきた。

あれ?どうしたんだ?と思う間もなく、足先が冷え、足を動かそうとしても動かない。
呼吸が浅くなって体温も下がったように感じる。
足を含めた全身の筋肉が攣りそうで、どうにか誤魔化そうとするが、それどころじゃない。
ガクンと身体が動かなくなり、登坂で前に進むことが難しくなった。
それでも自転車を押して歩くことは主義に反するので、無理矢理ペダルを回す。
たぶん、脂汗が出ていたと思う。

ここまでずっと後ろに付いていた大ちゃんも痺れを切らし、僕を追い越して行った。
仕方がないなと思いつつ、動かない身体に意識の鞭を入れる。
何とか85km地点の多々羅しまなみ公園に到着したとき、僕は落車して倒れ込んでしまった。
身体が限界だったようで、落車した瞬間から両足と腹筋が攣った。
特に酷かったのは左足の太腿で、大腿四頭筋が断末魔の蛇のようにのたうっていた。

その筋肉を見つめながら、僕はもう走れないと半ば観念した。
仕事が忙しく、走り込みが全然出来ていないので、そのツケだと思った。
何とか復活して昼飯場所に向かうと大ちゃんが既に食事していた。
ネコ吉さんは食べ終わってリラックス中。
少し談笑して、僕はもうダメだよと笑いながら話し、給食は3種類のうちからジャコかつバーガーを選んだ。
僕が食べ始めた頃、ネコ吉さんが「そろそろ行くわ」と出発し、焼そばとタコ飯を食べ終わった大ちゃんが「足りないので何か買ってきます」と追加の食糧を買いに行った。
僕は旨いけれど足りないなぁと思いつつジャコかつバーガーを食べながら、何とか回復する術はないだろうか?と考えていた。
足をマッサージしながら、何でこんなに食糧が旨いのだろう?と思い付き、もしかして、ハンガーノックだったのか?と思い至った。

それならば普通のご飯ではすぐにエネルギーにならない。
糖分が必要だと思い、記念品の中にあった梅丹本舗のMeitanCCCを持っていることを思い出した。
http://www.meitanhonpo.jp/cyclechageCaffeine.html
かなり甘いが、チューブから直接吸って水分をしっかり摂る。
給食の飴も口の中と、いくつかをポケットに入れ、少し休むと元気が回復した。

大ちゃんもそろそろ行きますかと言うので出発した。
結局30分弱くらい休んだのかな。
我々が自転車で出る頃にムサシさんが到着して「あれ?もう行くん?」と言われたが、もうゆっくりしたから、次はゴールで!と声をかけて先へ進む。
大ちゃんには、おそらくもう引けないから追い越していいよと伝えていたが、自転車に乗ってみると意外に回せる。
これならちょっと頑張ってみようかな?と思いながら進むと、前に時速30kmくらいで気持ち良く飛ばしている人がいた。
これ幸いと後ろに付かせてもらい、彼に因島にある万田酵素のエイドステーションまで引いてもらった。

島の北側は風も強く、先頭を走るかどうかで疲れ方が全然違った。
万田酵素まで来ると残りは10kmちょっとなので、まぁゆっくり行こうと思っていたら、先の引いてくれた人が同時に飛び出したので、再び後ろに付かせてもらう。
そのまま行けば良かったが、途中少し離れたタイミングで信号に引っかかり、それ以降は僕と大ちゃんの2人に戻った。

引いてくれる人がいなくなると時速も25kmくらいに落ちる。
足が攣りそうな気配もあるけれど、何とか最後の力を振り絞って前に進む。
あと1kmの看板を見たときには本当に嬉しかったが、出発時に何気なく降りた下り坂が最後の難所として立ち塞がった。

マジかよと苦笑いしつつ、坂の手前で苦しそうにしている人に「最後です!頑張りましょう!」と声をかけて坂に挑む。
しかし、ダンシングしようにも足の踏ん張りが利かず、身体がよろけてしまう。
ギアを落として、とにかく丁寧に登るしかないとユルユル進んでいたら、先ほど追い越した人が逆に僕を追い越して行った。
バツが悪いと思ったのかな?ちょっとしたアイコンタクトを投げてくれた。

何とか坂を登り切り、大ちゃんと1、2フィニッシュ。
時間は6時間7分だった。
ネコ吉さんは5時間50分で、我々よりも17分早くゴールしていた。

このイベントは、一応ファンランという位置付けなので、タイムも順位も出ないが、自転車に乗る人なら判るとおり、130kmや、ましてや200kmなんてのはファンランで走る距離ではない。
できればこの2コースだけでも公式タイムと順位を示してほしかったな。
ちなみに計測は休憩時間も全て含めたスタートからゴールまで。
順位は130kmコースの中では30位くらいかな?と思ったけれど、ネコ吉さん曰く、彼がゴールした時には自転車が10台くらいしかなかったので「おっ、10位以内か?」と思ったら、既に駐車場で自転車を片付けている人もいたとのこと。
でもまぁ、40~50位には入っているだろうな。
ネコ吉さんは間違いなく20位以内に入っているだろう。

とはいえ、これは本当の猛者が200kmコースに出場したから、130kmという中途半端な距離だからの話で、実際、200kmの首位の今中大介さんは7時間以内に到ゴールした。
僕たちよりも30分早く出発して、僕たちの30分後に到着したのだ。
70kmも余計に走って。

僕自身は、まだ200kmを走り切れる力がないと痛感した。
130kmが6時間だから、残り70kmは少なく見積もっても3時間はかかる。
合計9時間だが、それを走り切る体力があるかと問われると僕には自信がない。
こういうのは運動を継続できる基礎的持続力の問題なので、9時間じゃなく10時間なら走れるかも?という考えは成り立たない。
もう少しトレーニングを積まなければ無理だろう。

最後は僕と大ちゃんに50分遅れてムサシさんがゴールした。
途中から心配になって、ゴール前でずっと待っていたので、本当に嬉しかった。
彼も7時間以内に走破したのだから充分立派だ。
制限時間は10時間なので、我々が自転車を分解して車に積み、着替えたり売店を冷やかしたりして会場を後にしても、まだまだ130kmコースの選手がたくさんゴールに向かっていたくらいなのだ。

それと最後に特筆しておきたいのは沿道の声援とスタッフのホスピタリティ。
島の住民の方々の声援が本当に温かくて、僕はずっと「ありがとう!」「頑張ります!」と返事をし続けた。
マラソンレースではそんな余裕ないけれど、自転車は声が出せる。
スタッフも大声できめ細かに指示してくれたし、声援を送ってくれた。
エイドステーションの人たちは非常に温かく、特に万田酵素のエイドステーションはゴール直前ということもあって胸が熱くなった。
おそらく社員の方々だろう。
「ここからは橋の手前の坂がキツイだけですから」と具体的な情報もくださった。
こういうのって体力ギリギリで走っているレース中にはとても励みになる。

競技終了して落ち着くと、皆、給食が足りなかったようで何か食べに行こうという話になった。
追加でオムそばを買って食べた大ちゃんが最も腹減ったと訴えたのはさすがだと思うけれど。
で、島内でラーメンを食べに行ったのだが、これがイマイチ。
まぁでもお腹が塞がったので満足して帰ろうとすると、大ちゃんとムサシさんはそのまま倉敷に向かうと言う。
翌朝、小豆島に渡り「瀬戸内国際芸術祭2010」を自転車で回るとのこと。
http://setouchi-artfest.jp/

僕とネコ吉さんは付き合い切れんと笑って別れ、帰路に付いた。
それにしても素晴らしい休日だった。
来年も是非参加したい。
ハンガーノック対策の補給食をたっぷり持って(笑)。

DSC00853.JPGDSC00845.JPG夏になってからはランニングよりもサイクリングの比率が増えている。

こう暑いと、ランニングはちょっと厳しい。

朝早くとか、夕方しか走れない。

運動負荷が高いので、灼熱の太陽の下では長時間の運動が無理なのだ。

 

しかし、自転車は割と長時間できることが判った。

もちろん工夫は必要だが、走っていると涼しいし、給水をきめ細かに行っていれば倒れそうになることはない。

運動負荷は低いけれどカロリー消費は結構高いので、ダイエットにもいい。

僕はこの夏で3~4kg落とそうとしているのだ。

 

最近は週末ごとに100kmくらい走っている。

今日も94km走った。

これくらい走ると身体中が重くなるくらい、ドスンと疲れるのだが、それが心地良い。

大体、成人女性が一日に摂取すべきとされる1,800kcalくらいは消費するので、かなり腹も減る。

 

筋肉の回復も兼ねて、今夜はステーキを食べることにした。

なに、ただ単に立ち寄ったスーパーでオージービーフが安く売られていたからだ。

ランプ肉の部分なので脂身はほとんどないが、帰宅して筋と脂身を徹底的に排除し、丁寧に焼いた。

いつも書いているけれど、肉は焼きで大きく味が変わる。

どんなにいい肉でも適当に焼けばダメになるし、安い肉でも適切に焼けば旨くなる。

肉を焼くというのは、決して安易な仕事ではないのだ。

 

久しぶりに焼いたので、ちょっと失敗があったけれど、概ね上手く焼けたと思う。

ガーリックオイルで焼き、岩塩とブラジル産胡椒だけで味付けしたランプ肉は想像以上に旨かった。

自宅で食べるなら、僕は和牛より好きかもしれない。

200gくらいをペロリと食べ、チリメンジャコと万願寺唐辛子の煮物も食べた。

 

今日、大汗をかいた服を洗濯しているので、それを干さなくちゃ眠れないが、既に眠くなりつつあるので、残りの家事は明日の朝、早く起きてやる予定。

がっつり運動して、がっつり食べた後は、がっつり眠らなくちゃね(笑)。

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